創作小説
□第二話
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「お願いだから、私に何もかも頼まないでよ。」
麻琴は姉の麻紀に玄関から叫ぶ。
麻紀の顔が階段上からのぞく。
「え〜。いいじゃない。私これからバイトだから、お願いね。約束あるんでしょう?早く行きな〜。」
麻紀は手を振り、自室に引っ込む。
確かにこうしてはいられない。
昨日、秀一と約束したのだから。
麻琴は腹立たしい気持ちを何とか抑えて、玄関を出る。
「そもそも、なんでお母さんはお姉ちゃんに頼むんだろう!」
初めから麻琴に頼んでくれれば、買い物くらいいくらでも行くっていうのに、母はなぜか姉に頼むことが多い。
そして勿論、姉はめんどくさがって最終的に麻琴に押し付ける。
「行きたくないなら、断ればいいのに・・・」
悶々としながら歩いていると、すぐに目的地に着いた。
霧が丘公園は麻琴の住む住宅街にある公園だ。
小さい公園ではあるが、子供が遊べる一通りの遊具は揃えてある。
麻琴も小さいころは、よくお世話になったものだ。
しかし今は、例の事件のせいか人の気配は全くないように思えた。
今日は夏休み初日の昼下がりだ。普段ならもっと多くの子供たちが居ていいはずだが。
麻琴は適当なベンチに座る。
エアコンをつけない習慣のせいもあるが、昨日の出来事のせいでよく眠れなかった。
秀一は一体、ここに自分を呼び出して何を語ろうというのか?
しばらくして、公園内に誰かが入ってきた。
麻琴は秀一かと思ったが、どうやら違うみたいだ。
サングラスに黒の帽子、マスクをつけているが
顎まで下げている。
夏だというのに、長袖・長ズボンで全く暑苦しい。
その男は誰かを探すようにきょろきょろとしていたが、観察していた麻琴と目が合うと、真っすぐにこちらへ向かってきた。
「やあやあ。君、桜庭麻琴ちゃん?」
おかしな人だ。
麻琴は警戒する。
どうして私の名前を知っているのだろうか?
「怪しい者じゃあないよ。俺もね、秀一に来いって言われて来たんだよね。」
その人はサングラスと深くかぶった帽子をとる。
麻琴はその男の顔を見て首をかしげる。
あれ?この人どこかでみたことある・・・
確か、駅前のCDショップの・・・
「わかった!あなた”Sora”だ!」
「そうだけど、ここへはプライベートで来てるんだよね。内緒にしてほしいなあ。」
Soraとは、今売れっ子のアーティストだ。
17歳の現役男子高校生、天才的な楽曲センス、17歳とは思えないほどの歌唱力・・・
テレビやラジオにも何度も出演している特別なアーティストだ。
しかし、そんな大物がどうしてこんなところへ?
麻琴は有名人を前にして動揺を隠せずにいる。
サイン?サインをもらっておくべきなのかな?
「やっほ〜!お待たせしましたなあ!」
軽やかな声が聞こえた。
声の方へ振り向くと、PCを持った女性二人組が手を振っていた。
いつの間にか、公園内に入ってきていたらしい。
「久しぶりやなあ、Soraは最近忙しそうにしてるやろ?」
短髪の女性がSoraに声をかける。
「まあね。そこそこだよ。」
「この子が桜庭麻琴ちゃん?なんや、えらいちっちゃい子やなあ。」
短髪の女性が麻琴に手を差し出す。
「私、甲斐原瑞樹(かいはら・みずき)っていうねん。大学3年生!よろしく頼みますわ。」
「あ、私、桜庭麻琴といいます。」
麻琴は瑞樹の手をとり握手をする。
瑞樹は快活な笑顔を見せて、満足そうに麻琴の肩を叩く。
「ほいで、こっちの人はね。」
瑞樹の後ろに立っていた、もう一人の女性を瑞樹が前に立たせる。
少々人見知りするような感じだ。
「あ、あの・・・私は、間野(まの)、惠(めぐみ)といいます。あの・・・19歳です。」
惠は麻琴の顔をちらっと見てから、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「惠ちゃん、今日もかわいいよね。」
Soraが何気なく声をかける。
すると、惠は顔を赤くしてますます黙り込んでしまった。
「あれ。逆効果かあ。」
「ごめん、みんな。遅れました。」
随分と遅れて秀一が走り寄ってきた。
「主賓は遅れて到着ってやつかな?」
Soraが歌うように茶化す。
「これで、全員揃ったよね。」
秀一が集まったメンバーを見渡し、ほっと息をつく。
「早速本題に入ろう。」
「改めて紹介するけど、彼女が新しい候補生だ。」
麻琴たちは、公園の奥にあるベンチに座っていた。この場所は木が多く、周りからはよく見えない場所なので、秘密の会議をするには持って来いの場所だ。
「ただほんとに、まだ何も説明はしてない。」
秀一は申し訳なさそうに麻琴を見る。
「は〜。それなのに候補生と、勝手に決めたんかいな?おもろいわ〜」
瑞樹がにやにやしながら話す。
秀一は何も返せないようだ。
「はいはい、この私が一から説明するさかい・・・しっかり聞いてな。」
すると惠が持っていたノートパソコンを開く。
「先に、麻琴ちゃん私らに聞きたいこと、ある?」
瑞樹が麻琴をじっと見つめる。
麻琴はうなずく。
「昨日、学校で黒いものを見て。それが何か知りたいなと思って。寿くんが退治したみたいだけど、なんだろう?」
「何?学校に出たの?」
Soraが驚いたように身を乗り出す。
「聞いてなかったんだけど・・・」
「そのことは後でいいやろ。まずは質問に答えるべきやな。」
瑞樹が地面に箱のようなものを設置した。
「惠、頼むわ。」
惠が膝にのせているパソコンを操作する。
すると、箱から光が伸び、空間に映像が映りこむ。どうやらプロジェクターのようだ。
「麻琴ちゃんが見たのは、こういうもの?」
「そうです。そんな感じでした。」
映像には、麻琴が昨日見たものと似たような物が映っていた。
黒くてもやもやしていて、目が二つあって。
「これは、私たちは”鍵”と呼んでる。」
「鍵ですか?」
扉を開ける鍵だろうか?それにしても、特に鍵と似ているようなところは見当たらない。
「この”鍵”は、エネルギーを吸収するんです。」
惠がパソコンを操作しながら話す。
「なんでも食べちゃうんです。電気とか、ガスも。水や・・・食べ物も。それに、人間も。」
人間?
人間を食べる?
「だから、僕たちで”鍵”を退治してる。」
秀一が言う。
「でも、その”鍵”ってどこから来てるの?みんなには見えないの?」
麻琴が疑問をぶつける。そんなに危険なものなら警察とか、国の機関が動くのではないか?
その質問に、Soraがふふっと笑う。
「残念ながら、大勢の人に”鍵”は見えない。それに、どこから来てるかもはっきりしたことはわからないし、理由も、微妙だね。」
「でもね、研究の結果ある程度のことは把握できるようになってる。」
「麻琴さんは、もう一つ世界があるって言ったら、驚く?」
惠が次の映像を映す。
何かのグラフのようだ。
「そういうのは、本で読んだことありますけど、ファンタジーのお話ですよね?」
惠は首を振る。
「いいえ、本当にあるの。」
「このグラフは、エネルギーの推移を表しているの。緑が、この世界。赤がもう一つの世界。」
「これを見て。長い間、全体のバランスはよくとれていたの。だけど、ここ数十年間は緑の容量がとても多くなってきていて・・・」
「赤の容量は限りなく0に近い。」
秀一が惠の言葉を継ぐ。
「本来、エネルギーの総量は全体で決まっているものなんだ。しかし、最近こちらの世界は無駄にエネルギーを生産して、消費して、結果この通りだ。」
惠がうなずく。
「もちろん、世界が二つあるっていうことにも根拠があるわ。それが、”鍵”の存在なの。」
映像がまた”鍵”に切り替わる。
「要するに、この存在は、こちらのエネルギーを回収して、もう一つの世界に持ち帰ってるんじゃないかって話なの・・・」
「まあ、この仮説って本当に馬鹿げてるとは思うけどね。」
瑞樹がため息をつく。
「この”鍵”は大体、空間が歪みやすいところから現れるのさ。例えば、日陰とか、電磁波の多い場所とかね。何か、”鍵”が住んでいる場所があるとしたら、間(はざま)かな、恐らく。」
この話を信じてもいいのだろうか?
麻琴は困惑していた。
何しろ、話が夢物語すぎて想像の範疇を超えている。悪い冗談なのではないだろうか?
「多分、この話をしてもすぐには理解できないとは思う。僕も初めて聞いた時は、かなり戸惑ったからね。」
秀一は麻琴の気持ちを読んでか、苦笑いをする。
「この間、ここで起きた事件は、”鍵”が人を襲った初の事例なんだ。」
秀一は顔を曇らせる。
「僕たちが予想していたより早く、ことが大きくなっているんだ。早めに対処しないと、取り返しのつかないことになりそうなんだ。」
「その通り。私の場合は、研究がはかどって感謝しているけどねえ。」
瑞樹がくすくすと笑う。
惠が瑞樹を非難するように見る。
「あ、笑い事じゃなかったね。」
「それでなんだけど、桜庭さんに”鍵”の退治の手伝いをしてもらいたくて、今日ここに呼んだんだ。」
秀一が真面目な瞳で麻琴に向きあう。
「”鍵”については、まだ研究段階だし、まだまだわからないことばかりだから危険が伴う。だから無理強いはしないんだけど。」
「私には、”鍵”を退治する力なんてないですよ。強くないし、勉強もあんまり・・・」
麻琴は力なく答える。
ここまでの話を聞いて、もし本当なら手伝えることがあるかもしれないとは考えたが、やはりどうにもわけがわからないし、何より危険があると言われると、自分では判断ができない。
「”鍵”を見ることができる人間はとっても少ないんだよね。さっきも言ったろ?俺は、それを聞いて運命だと思ったよ。この作戦に参加することをね。」
Soraが流れるように話す。
麻琴は驚く。
そんな見方で参加するか否かを決められるなんて、かっこいいものだ。
「まあさ!人助けだと思って、私らのお願い聞いてくれへんかな?」
瑞樹が元気よく立ち上がる。
またもや惠が瑞樹をたしなめる。
「瑞樹さん。そういうのはやめましょうよ。」
「あの。私でよければ、やります。退治。」
麻琴はすっと手を挙げる。
自分でも驚くほど簡単に宣言できた。
「本当にいいの?」
「はい。何か私にできることがあれば、と思って。みんなのために。」
「うれしい!ありがとう!」
瑞樹が喜んでガッツポーズをする。
Soraはちょっと驚いたようで、惠は心配そうに麻琴を見る。
「よかった。ありがとう。」
秀一はほっとしたように笑顔をみせる。
「これから一緒に戦おう。」
全員が立ち上がり、円陣を組む。
「言ってなかったけどさ、このチーム名前があるんだよね。”光”だ」
Soraが誇らしげに言う。
「私、頑張ります。」
麻琴はみんなが重ねた手の一番上に、そっと自分の手を重ねる。
<第二話・終>