創作小説
□第三話
1ページ/1ページ
今日は雨だ。
麻琴は出かける支度をしながら、窓から外の様子を見る。
風は強くないが、結構な勢いで降っている。
麻琴はこれから、チーム光の本拠地に行くことになっている。
なんでも、私たちのボスに会いに行くそうだ。
そこで先日出会ったメンバーともまた、会える。
麻琴はそれが少しうれしい。
特に、秀一とこんなにたくさん話をしたのは初めてだし、もしかしたらクラスの誰よりも仲良しになれるかもしれない。
「麻琴〜!電話よ。未来ちゃんから。」
下の階から母が麻琴を呼んだ。
麻琴は荷物を持ち、階段を降りていく。
「あら?こんな雨の日に、どこか出かけるの?」
母が受話器を手渡しながら、呆れ顔で麻琴を見る。
「しょうがないじゃん。雨にしたの、私じゃないもん。」
麻琴は母を身振りで追い払い、電話をとる。
「もしもし?」
「こんにちは!麻琴〜!あのね、今週末に動物園へ行く予定だったじゃない?」
「それがね、急きょおばあちゃんとおじいちゃんの家に行かなきゃならなくなって・・・。」
「そうなの?う〜ん・・・残念だけど、仕方ないよ!気にしないで。」
麻琴は少しがっかりしたが、自分自身も今後の予定がはっきりわからないので、かえって良かったかもと思いなおす。
「ごめんね。お土産買ってくるからね!」
未来は申し訳なさそうにそう言う。
「ところでさ、麻琴もしかしてこれから出かけるの?」
「そうだけど、なんでわかるの?」
麻琴はドキッとする。
驚いた様子の麻琴に、受話器の向こうで未来が笑う。
「やっぱり。麻琴ってぜえったい、雨女だよ!」
「こんにちは。」
駅前の広場でみんなが待っていた。
どうやら麻琴が一番最後だったようだ。
「ごめんなさい!お待たせです。」
麻琴は頭を下げ、改めて集まったメンバーを見渡す。
あれ?一人足りないなあ。
「Soraは今日はこないんですか?」
「そりゃ、あいつ忙しいからな!」
瑞樹が肩をすくめる。
「それに、こんな人の多いところにいたら、すぐにばれてしまうやろ。」
確かにそうだ。
変装していても、ファンはわかるというし。
「ほな!じゃ、いこか〜。」
瑞樹が下に置いたボストンバッグを肩にかけ、メインストリートとは逆の方に歩き出す。
惠がそのあとに小さい歩幅でついて行く。
麻琴も後を追おうとしたが、後ろから肩を叩かれて振り向いた。
「先に言っておくか迷ったんだけど・・・。」
秀一が困惑した顔で麻琴を見つめる。
「多分、今から会いに行く人を見たらびっくりすると思う。」
「そうなの?でも、楽しみだな。」
麻琴の楽しそうな様子を見て、秀一はくじけてしまったようだ。
「お〜い!二人とも早く!」
瑞樹がこちらに手を振る。
それを見て、麻琴はバッグを肩にかけなおし駆け出す。
「寿くん、急がないと置いて行かれちゃうよ。」
秀一は少々浮かない顔で3人の後を追いかけた。
ボスがいるという場所は、学校の裏にある工場地帯の一角だった。
防音対策も兼ねて、この辺りは木々が生い茂り、昼間でも場所によってはとても暗い場所が点在している。
その林の中に、別荘のような佇まいの建物がぽつんと建っているのだが、そこが目的地のようだ。
「なんだか、暗い場所ですね。」
麻琴は傘をたたみ、軒下に入る。
雨はまだ弱まる気配はなく、濡れた靴の感触がいやな感じだ。
「まあね。でも目立つ必要はないから、この場所で十分!」
瑞樹は扉の横についている呼び鈴を鳴らす。
「久しぶりに来ましたね。ここ。」
惠は不安そうにきょろきょろと周りを見渡す。
「なんで惠まで緊張するの?」
瑞樹がおかしそうに惠を小突く。
ちょうどその時、家の扉が開いき、全員が玄関に目線を集中させる。
戸口に立つ人物を見て、麻琴は首をかしげる。
「おう。みんな来たか。雨の中ご苦労さん。」
はだけたシャツを着て、だらしない立ち姿の男を見て、麻琴はあっと驚く。
「叔父さんじゃん!」
「あれ?お前・・・麻琴か?」
麻琴に叔父と呼ばれた男が麻琴より驚いた様子で秀一に目線を移す。
「え?何?まさか?」
男はかなり動転したようで、手振りで秀一と麻琴を交互に指さす。
秀一は黙ったままだ。
様子を伺っていた惠と瑞樹は、二人で顔を合わせる。
「あの・・・とにかく、中に入りませんか?」
惠が遠慮がちに声をかける。
「まさかね。よりによって麻琴を連れてくるとは思わなかったよ。」
男はリビングのソファーに座り、疲れた様子でため息をついた。
「僕にだって色々あるんです。」
秀一がキッチンで全員分の飲み物を作りながらそっけなく言う。
「叔父さんがみんなのボス?本当?」
麻琴は信じられない気持ちでソファーから身を乗り出す。
叔父は顔をしかめ、黙ったままだ。
「ま、うちらからしてみればさ、麻琴ちゃんの親戚なのがびっくり。」
瑞樹が叔父と麻琴を見比べ、にやにやと笑う。
「全然似てない。」
「まさかとは思いますけど、秀一さん知っていて、麻琴さんを勧誘したんですか?」
惠が不安そうに秀一を見る。
「いや、桜庭さんと蓮司さんが親戚だと知ったのは、その後。」
秀一がマグカップを乗せたトレーをテーブルの上に置く。
「だよな。嫌がらせかと思ったよ。」
蓮司は沈んだ表情で、秀一が淹れたコーヒーに砂糖を入れる。
「ごめんね、桜庭さん。でも悪気があったわけじゃないんだ。」
秀一がマグカップを麻琴に渡し、済まなそうに言う。
「ううん。別に平気。ちょっと驚いただけ。でも叔父さんって学校の先生でしょ?」
「学校の先生?」
瑞樹が蓮司を見て忍び笑いをする。
「半分あってるけど、この人学者。先生って言っても、たまに大学で講義するだけ。」
蓮司が迷惑そうに瑞樹を睨み付ける。
視線に気付いた瑞樹は、肩をすくめる。
「諦めたら?麻琴ちゃんは、すでにうちらの仲間やで。」
蓮司はしばらく考え込むような顔をみせた後、降参したかのように両手を上げて見せる。
「わかった、わかった。」
蓮司は麻琴を探るような目で見つめた後、意を決して話し始めた。
「簡単な話はもう聞いてるとは思うが、俺がこの活動の発起人、今はサポートをしている。君たちだけでは限界があるからな。」
「俺は主にここで、状況を把握している。あとは・・・そう、金銭面も、政治的な部分も、その他もろもろだ。」
全然知らなかった。
叔父がこんなことをしているなんて。
麻琴はまだ信じられないような気持で話を聞く。
そういえば、叔父は昔から環境問題に精力的だったなと、麻琴は納得する。
「蓮司さんは、自然科学系の学者なんですよね。」
惠が言う。
「そ。専門は地学だけどね。」
蓮司は思いに耽るように、空を見つめる。
「まあ・・・そうだな。研究の中で、この問題に気付いたんだ。しかし俺だけじゃ全部の現象をつかめきれない。専門外の分野も多く絡んでいるし。」
「この人こうみえて意外とやり手なのさ。著名人や政界にもコネがあるんだって。」
瑞樹がそう言い、突然真面目な顔になる。
「私がこの活動に参加したきっかけは、蓮司さんが書いた研究論文のおかげなんだよね。それで、講義も聞きに行ったし、何度か指導をお願いしたよ。」
「凄く緻密で、理に適う論文だった。こんな非現実的な活動してるような人には思えなかったなあ!」
「褒めてくれてるの?」
蓮司が胡散臭そうな顔で言う。
瑞樹がそれを見て、気分を害したように首を振る。
「とにかく、この方は信用できますよ。」
惠が安心させるように麻琴に言う。
「たまにぶっ飛んだこと言うけどね。」
突然柔らかな声が聞こえた。
麻琴は声の主を探すようにきょろきょろと周りを見渡す。
「や。みんな来てたんだ。」
Soraが寝室らしき奥の部屋から気だるげにリビングへと入ってきた。
「大丈夫か?まだ寝ておけよ。」
蓮司が直ぐに立ち上がり、心配そうにSoraの様子を見る。
「心配性だね、このおじさんは。」
Soraがからかうように笑みを浮かべる。
麻琴はまじまじとSoraを見たが、やはり本物のSoraだと納得する。
今日は帽子もサングラスも、マスクもしていない普段の彼そのものだ。
有名人とも、政治家とも知り合いの叔父は一体何者なんだろう?
麻琴は感心したようにうなずく。
「麻琴ちゃんの叔父さんなんだって。蓮司さん。」
瑞樹がコーヒーをすすりながらSoraに伝える。
「へえ!偶然だね?」
「・・・偶然だよ。」
Soraの視線を感じた秀一が面倒くさそうに答える。
「あ、そうそう。麻琴ちゃんに俺の本名教えておくね。」
それを聞いて、麻琴は驚く。
Soraが本名ではないことを、すっかり忘れていた。
でも、一般人に教えたらけないのではないだろうか?
「千坂美鶴(ちさか・みつる)が俺の本名。みんなには内緒にしておいてね。」
美鶴はウインクをする。
「プライベートで、Soraって言われるのが変な感じでね。」
「わかった。絶対秘密にするね。」
なるほど。確かに仕事じゃないときまでSoraって呼ばれるのは疲れちゃうのかもしれない。
そういえば、美鶴は今まで寝ていたようだけど、この家に休みにでも来ているのだろうか?
「それで、麻琴はどうしたいんだ?」
蓮司が唐突に麻琴に聞く。
麻琴はハッとして姿勢を正す。
「私はみんなの力になりたくて、光に入りたいと思ったんです。」
麻琴は真面目に答える。
この気持ちは嘘じゃない。自信をもって言える。逆に今言えることはこのくらいしかないのだが。
「本気なんだな?」
「本気だよ。」
麻琴は蓮司をしっかりと見据える。
蓮司は麻琴の意思を受け取ったのか、小さくうなずいた。
「それなら、正式なメンバーとして迎えようか。」
蓮司はリビングの角に置いてあるガラスケースの中からあるものを取り出し、麻琴に渡す。
麻琴は渡されたものをしげしげと見つめる。
「これって、寿くんが持っているものと同じもの?」
夏休み前、初めて鍵と対峙した時に秀一が使っていた武器によく似ている。
「そう。形は違うが、性能はほぼ変わらない。使い方は秀一に教えてもらったらいい。」
蓮司は真剣な顔で麻琴に説明する。
「忠告しておくが、これは遊びなんかじゃなく、とても危険だ。」
麻琴は叔父の顔を見て、鍵に襲われたという先日の事件を思い出す。
危険は重々承知だが、覚悟はまだできていないかもしれない。
本当は、好奇心からくる意欲の方が大きい。
それでも、挑戦したい気持ちは変わらない。
麻琴はしっかりとうなずく。
「これで、麻琴ちゃんも一緒だー!」
瑞樹が嬉しそうに麻琴に飛びつく。
「わからないことがあれば、私がなんでも教えるからね。頼りにしてよ〜!」
「ありがとうございます!」
麻琴は瑞樹の勢いに少しびっくりしたが、その気持ちはとても嬉しく思う。
「まだ話しきれていないことは多いと思うが、全部一気に話すわけにもいかないからな。」
蓮司が疲れたようにソファーに身を預ける。
「じゃ、今日のところ話はもう終わり?」
瑞樹が腕時計で時間を確認して帰り支度を始める。
「これから大学に行かなきゃ。」
「時間が惜しいから今日にでも、鍵との戦い方を覚えて欲しかったけど、生憎雨なんだよね。」
秀一ががっかりしたように言う。
それを聞いて蓮司が思い出したように身を起こす。
「ああ、そういえば麻琴は雨女だったな。」
<第三話・終>