創作小説:A Man Of Vampire

第一話
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いつになったら、彼女は僕を見てくれるんだろうか。欲しくて欲しくてたまらないのは、僕だけなのだろうか?






「おはようございます。」

いつもの彼女がやって来た。
黒い長い髪に、黒曜石のような瞳を持つ美しい少女だ。

「おはよう巴。よく眠れた?」

「はい、お母さん。」

巴がちらっと僕を見る。
僕は笑顔を返すが、そう。いつも反応はない。

「ヴィクターは?」

「出かけているわ。だから、今日はノエルにお願いしているわ。ごめんね。」

「・・・はい。」









「あのさあ、そろそろ僕に慣れてくれてもいいんじゃない?」

ノエルが運転席から、後部座席に座る巴に声をかける。
やはり、うんともすんとも言わない。


ノエルが巴の住むこの家に来たのは、約3年前だ。
どこにも定住せずふらふらとしていた彼を見かねて、巴の母が契約を持ち掛けてきたのである。それから今まで一緒に暮らしている。


もう3年も経っている、とノエルは思う。
僕にとっての3年間は一瞬だが、巴にとっての3年間はそれなりの時間のはずだ。
それなのに、一向に懐かない。
ヴィクターとは上手くやっているようだが・・・
それが無性に腹立たしい。一体僕の何が悪いというのか?


巴の揺らがない態度に少々イライラとしてしまう。

「僕にだって契約を破棄する権利だってあるし、その気になれば君を殺せるし、誰も文句は言えないんだよ。」

少しは態度が変わるだろうか?
ノエルは巴の様子を伺った。
ルームミラー越しに、巴と目が合う。
彼女の瞳は深く、恐怖すら感じる美しさだ。

「私を殺せば、母が悲しみます。」

「・・・そんなこと、君に言われなくてもわかっているよ。」

どうも、扱いづらい少女だ。
ノエルはそっとため息をつく。








「じゃ、僕ちゃんと送り届けたからね。帰りはヴィクターが来れるようにするよ。」

「ありがとうございます。」

巴はノエルにお辞儀をして校舎に向かう。
巴が角を曲がって見えなくなるまで見送り、ノエルは車に乗り込んだ。







「ね!巴ちゃん!今日の運転手さんはいつもと違う人だね?いったい何人いるの?」

「二人、だと思うけど。」

巴に話しかけているのは、千尋というクラスメイトだ。
友達が少なく、周りからも気を使われている存在の巴を心配してか、よく声をかけてくれる女の子だ。

「いいな〜!お嬢様!」

千尋が瞳を輝かせ、大げさな態度で羨ましがる。


いつもはヴィクターが巴の付き人を担っているが、今日の様にノエルが担当することもある。


ノエルは苦手だと巴は思う。

人の領域に勝手に入り込んでくる男だ。
それが巴にとって過度なストレスになる。
そのことをノエルに伝えようかとも思ったのだが、理解されるとは思えなくて、いつもあのような態度をとってしまうのだ。
ノエルのことは嫌いではないが、本人は嫌われていると感じてるようだ。

巴にとっては、それが都合の良いことであるため、今まで否定はしていなかった。



「今度、巴ちゃんの家に遊びにいきたいな!」

千尋が期待を寄せる。

「そ、そうだね。今度ね・・・」


今度?
いや、絶対に無理だ。


私の家は少々変だ。
かなり、変だ。
家には吸血鬼が二人もいる。
いや、それ以上いるかもしれない。








「お疲れ様です。巴。」

いつもの場所にヴィクターがいた。
巴はホッとする。
帰りはヴィクターが来れるようにするといったノエルが成し遂げたようだ。

「今朝は申し訳ありませんでした。」

ヴィクターが言う。
心なしか疲れているような表情だ。

「疲れてない?無理なら、来なくてもよかったのよ。」

ヴィクターがふっと微笑む。

「いえ、私の役目ですから。」


ヴィクターの距離感が心地よい。
そばにいると安心感がある。


ヴィクターがこの家と――正確に言えば、巴の母親とだが――契約したのは、巴が6歳の時で、今から10年以上も前だ。
その頃から、巴の母は二人の相性の良さを見抜き、巴にヴィクターを付けたのだ。
その判断は、どうやらいい方向に向かっているようだ。
彼女はそれなりにヴィクターを信頼し、ヴィクターも彼女をそれなりに大事にしている。







「ただいま。」

巴は玄関から声をかけるが、返事はなかった。
部屋も暗く、どうやら母は出かけているようだ。

「主は夜遅くまで出かけているそうです。」

ヴィクターが玄関の棚に置いてあるキャンドルに火をともし、巴を階段まで導く。

「夕食の準備ができましたら、お呼びします。」




この家に、夜一人でいるのは苦手だ。
厳密に言えば一人ではないが、人間は私だけ。
契約上、下手に手を出されることはないとわかってはいるが、やはり怖い。
だから、必要のない時は常に自室に引きこもっている。
ヴィクターでさえも、必要のあるとき以外は絶対に招き入れない。

どんなに優しくても、根は吸血鬼だ。
巴はしっかりと認識をしている。
相容れるような存在ではない。


部屋にあるピアノのカバーを外す。
巴はピアノが好きだ。幼いころから弾いているため、腕前は結構なものだ。
それに、ピアノを弾いていると何も考えずに時間が過ぎていく。
この時間が、巴にとって大切なものでもあるのだ。







二階からピアノの音が聞こえる。
巴が弾いているのか。

ヴィクターは夕餉の支度をしながら、ピアノの
音に耳を傾ける。

巴はピアノが上手だ。

この音を聞くのも、毎日の楽しみの一つというのは、誰にも言えない彼だけの秘密だ。


「ねえ、主はどこ?」

突然聞こえた声にヴィクターが振り向くと、だらしのない姿のノエルが立っていた。

「主は夜遅くまで戻らない。」
「それはそうと、いるなら明かりくらいつけたらどうだ、ノエル。」

ノエルはうつむいたままだ。

「それじゃ、困るんだよね。あと何時間待てばいいっていうの?」

余裕のない声が返ってくる。
彼は、恐らく――

「・・・私にはどうすることもできない。待つしかないんじゃないのか?」

ヴィクターはノエルに背を向け、仕事に戻る。

「あのさあ、僕たちってなんであの子を前にして手を出せずにいるんだろうね。」

「彼女には手を出すなと主から言われてるだろう。」

ヴィクターはため息交じりに言う。

「君もさ、よく我慢できてるよね。四六時中そばにいるくせにね。」

ヴィクターは、はっとしてノエルを振り返る。
ノエルの瞳は赤く、額には汗が浮かんでいた。

「あんな上等な食べ物を前にしてさ、君って紳士だよね。」







「ヴィクター?」

上階から声が聞こえた。
巴からお呼びがかかった。
なんとも、タイミングの悪い時に。

「楽譜が一枚見当たらないの。どこにあるのか・・・」

「言っておくけど、僕はあの子の血をもらっちゃいけないなんで言われてないんだけどね。」

ノエルはじっと上階を見つめている。
息遣いも荒く、誰彼かまわず食い殺してしまいそうな勢いだ。

「ヴィクター?」

巴が階段を降りてくる音がする。






「ノエル!!!」

ヴィクターの怒声と、何かが割れる音が家に響く。
巴は驚き、階段上で体がすくんだ。
何があったのだろうか?様子を伺いたいが、自分は行ってはいけない気がした。

「ヴィクター?」

その場で恐る恐る声をかけてみる。

「楽譜は、こちらでも探してみます。お部屋にお戻りください。」

何気ない声を装ったヴィクターの声が聞こえてきた。
一体何があったのだろうか?怖くて、キッチンの様子を見ることができない。
巴は震える足で部屋に戻った。





ヴィクターは巴が部屋に戻ったことを確かめ、一息ついた。
全く、このような事があと何回起こり、何回私がとどめなくてはならないのか。

ノエルは血まみれで床に倒れている。
先ほどヴィクターが殺した――
厳密に言えば殺してはいないが、一度こうでもしないとノエルは自分の欲を抑えきれない。

ノエルはまだ若い。
ヴィクターの様に衝動を上手く制御できない。
同じ吸血鬼だから気持ちは痛いほどわかる。



主も人が悪い。
血に染まったこの場を見渡し、ヴィクターはため息をつく。



誰だって、目の前のご馳走をいつまでも我慢で
きるはずがないのだ。




<第一話・終>



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