創作小説:A Man Of Vampire

第二話
1ページ/1ページ

今日も変わらぬ一日が過ぎてゆく。
何のためにここにいるのか、もっと自由になってみたい。









暗い部屋の中、衣擦れの柔らかな音が響く。
時折、控えめに短く息を吐く声で、そこに人が居ることを認識させる。

「ノエル、もういいんじゃない?」

巴の母、蒼(あおい)が少々苦しそうな声で呟く。
ノエルは体を起こし、ベッドの上に組み敷いた蒼の表情を覗き込む。

「そうかな?僕、まだいけるけど。」

そう言うと、ノエルはまた蒼に被さり、彼女の首筋に舌を這わせる。

「食べすぎは毒よ。少しは遠慮しなさい。」

蒼は上体を起こし、ノエルの腕を引き離した。

「はいはい。」

ノエルはやや残念そうに長い前髪を搔き上げた。

「主って、ほんと僕に遠慮させるよね。」

「あら、貴方にだけじゃないわよ。ヴィクターと同じ扱いをしているつもりよ。」

「僕は彼より若くて、成長期さ。一緒にされたら堪らないよ。」

ノエルはベッドの上に倒れこむ。
定期的に血をもらえるだけでもありがたいことではあるが、正直物足りない。
強引に頂こうかと何度か試しては見たものの、蒼は吸血鬼の扱いに長けているため、その度にお仕置きをくらっている。

「主がきついならさ、やっぱり巴ちゃんも使おうよ。」

「それはダメ、と毎回言っているわ。しつこいくらいにね。」

蒼は髪を梳かしながらノエルをたしなめる。

「辛抱強く待ちなさい。貴方の為よ。」
















「ここ、ちょっと間違っている気がするわ。」

巴はヴィクターとリビングのテーブルを囲みながら、開いた複数の本を読みふけっている。

「昨日書いたものなんだけど、やっぱり違う。書き直した方がいいかしら?」

「いえ、間違っているわけではないと思いますよ。ただ、これだと付加効果が変わってきます。」

ヴィクターが文章の一部を指でなぞる。

二人は魔術の勉強をしている。
二人とは言っても、学ぶ者は巴のみで、指導をしている者がヴィクターだ。

現代の魔術―――
本物の魔術書は世に出回ってはいない。
巴の読んでいる魔術書は、代々家系に伝わるものであり、門外不出だ。
さらに重要なものは口伝により学び、魔術書にも仕掛けが施されているため、一部の術者のみが習得できるようになっている。


巴の家系は、はるか昔から
”吸血鬼狩り”を生業としてきた。
ただ、ヴィクターやノエルといった吸血鬼のことではなく
戒律を破った者や、血に溺れた者を狩りの対象としている。
そういった吸血鬼は世を乱す存在であり、今や影の存在となりつつある正統な吸血鬼さえも危険にさらすこととなるため、早急に対処するべき課題であるのだ。

しかしながら、吸血鬼との戦いにおいて人間は太刀打ちができない事が多いため、力のある祓い人は同族に協力を仰ぎ、自身は魔術の習得に力をいれているのである。
それでもなお”堕落者”との戦いは厳しいものであり、祓い人は次第に数が減ってきている。
数世紀前から存在する祓い屋の家系の中では、巴の生まれた家―――Roadknight(ロードナイト)家のみである。


「よくそんな物読んでいられるよね。すごいよ、君たち。」

ノエルがコーヒーカップをテーブルに置き、巴の左隣の椅子に座る。
巴は散らばっていた本を自分のもとへ寄せた。

「ノエル、見てわかると思うが―――」

「わかってるよ。別に邪魔しに来たわけじゃないよ。」

ノエルはカップを持ち上げて見せる。
ただの休憩だ、とでも主張しているのだろうか。

ヴィクターは顔をしかめ、読みかけの本のページをめくる。

しばらく巴のペンを走らせる音と、ページをめくる音だけが響いていたが、様子を眺めていたノエルが口を開く。

「巴ちゃんってさ、可愛いよね。」

巴の手が止まり、訝しげにノエルの方を向く。
如何にも迷惑そうな顔だ。
ノエルはニコニコと笑顔を返す。

「ノエル。」

ヴィクターがため息交じりに言う。
ノエルは気にせず言葉を続ける。

「君って、本当に可愛いと思うよ。」

「一体何を言ってるの?」

巴はノエルを睨み付け、また作業に戻った。


これもだめか、とノエルは思う。
蒼がダメなら、巴に直接アピールしてみようかと考えたが、どうやら無駄だったようだ。

「無駄なことはするな。」

ヴィクターが呆れ顔で言う。
ノエルの下心はヴィクターにはバレバレのようだった。

「あーあ。全く嫌になるよ。」

ノエルは空っぽのカップを見つめ、無力そうに呟く。












「それじゃ、留守番頼むわよ。」

蒼が巴の髪を撫でながら言う。

「ノエル、くれぐれも・・・理性のない行動は控えるのよ。」

「はいはい。お任せください。」

蒼は何か言おうと口を開きかけたが、ため息をつくに止まった。

「いってらっしゃい。」

母とヴィクターに手を振りながら、巴は二人を見送った。




今夜はノエルと二人きりだ。
巴は自室に引っ込み、部屋の窓から庭を眺めていた。
何事もなければいいのだが。

先日のヴィクターの怒声を思い出すと、少々怖くなる。
直接は聞いていないが、巴には大体の見当はついていた。
恐らく、ノエルが私を襲おうとしたのだ。
その気配は前々から感じてはいたが、日に日に強くなってきていると巴は思う。
これが募っていけば、じきにヴィクターでも手が付けられなくなるだろう。

巴はため息をつく。

勿論、この状況を一生続けるわけにはいかない。ある段階で許さなければならなくなるだろうが、その準備はまだできていない。
母もヴィクターもわかってくれているが、ノエルだけは違う。



こんこん、と扉を叩く音がした。
突然の音に巴は一瞬身がすくんでしまった。

「あのさ、紅茶でもどう?お菓子もあるよ。」

ノエルだ。

「もう寝ます。」

すかさず巴は答える。
余計な干渉はしたくない。

「酷いなあ!せっかく君のために持ってきたのに。」

わざとらしく芝居がかかった声でノエルが言う。
頼んでないですから、という言葉を巴はぐっとこらえる。
ノエルのことだから、単純な好意からではないことはわかるが、彼なりの優しさなのかもしれない、と巴は思いなおす。

少々悩んだが、結局巴は扉を開けた。

「わかりました、でも今度からは―――」

すると、まってましたとばかりに巴を部屋に押し込み、ノエルはするりと扉を通り抜けてきた。
いきなりのことに巴は驚き、言葉を失う。

「作戦成功。」

ノエルが扉を閉め、机にトレーを置く。

巴はまだ動揺を隠せない。
そんな彼女をみて、ノエルちょっとがっかりする。

「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない?」

「それ、トレーはそこでいいですから・・・出ていってくれませんか?」

巴はそろそろと文机に近づく。
ノエルはため息をつき、床に片膝をつく。

「これでいいでしょ?別に変なことしないよ。」

ノエルが忠誠の証を見せたことで、巴の緊張は和らいだ。
そして自分の余裕のなさを恥じた。

「ごめんなさい。」

巴は少し顔を赤らめ呟く。
それを見てノエルは満足げに微笑む。

「君って相当、僕のこと嫌いなんだね。」

ノエルはティーポットからカップに紅茶を注ぐ。茶葉の良い香りが、空気を柔らかくさせる。

「嫌いじゃないのよ。苦手なだけ・・・」

巴は差し出されたカップを受け取り、遠慮がちに呟く。

「そう?苦手ってどんな所が?」

「今こういう状況を、簡単に作る所とか。」

ノエルはくすくすと笑う。

「こうでもしないと、巴ちゃんは僕と話そうとしないからね。」

「私は貴方と話すことはないと思うから・・・」

「何故?僕は、たくさん知りたい事がたくさんあるんだけどなあ。」

ノエルはじっと巴を見つめる。
ノエルの瞳は透き通った海のような、明るい青をしている。
好奇心と、隠しきれない欲できらきらと輝いている。

巴は困惑する。
彼は一体何のために今ここにいるというのか?
ノエルとまともに会話をしたことがあまりにも少ないため、巴は落ち着かない。

「何か隠してるでしょ?」

ノエルが唐突に言う。

巴は口をつぐむ。
蒼が伝えていないことは、伝えるべきではないと判断されたものだ。
当然、巴も言えない秘密だ。

「君たち親子は、肝心なところを隠す。信用されてないの?」

巴は首を振る。

「信用の問題ではありません。時が来れば、母が話してくれるはずです。」

ノエルがすっと立ち上がり、巴の前に歩み寄る。
かなり背が高く感じられた。

「それって、いつくるの?」

ノエルは巴の頬に手を触れた。
冷たい手だ、と巴は感じる。

「今じゃ、だめなの?」

ノエルの顔が近づき、長い前髪が巴の額に触れる。巴は茫然と、ノエルを見つめることしかできなかった。
ノエルの瞳に赤が走ったように見えたが―――





「何をしているの?」

ノエルが振り向くと、扉の前に蒼が腕組みをして立っていた。

「なんだ。もう帰ってきたんだ。」

ノエルは残念そうに肩をすくめ、蒼のもとへ向かった。

「おやすみ、巴ちゃん。」

ひらひらと手を振り、ノエルは階段を降りていった。
蒼はその姿を見送った後、巴に声をかけた。

「気を付けなさい。」

「わかってます。」

巴は申し訳なさそうに小さな声で答える。
蒼は心配そうに巴を見つめたが、被害はないと
確認し、安心させるように微笑む。

「おやすみなさい。」

そう言い残し、蒼が扉を閉める。








<第二話・終>


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ