夏目友人帳

第参話「裏家業・祓い屋」
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「ん〜。ここではなさそうだなあ」

巴は駅前の地図を覗き込み顔をしかめる。
巴は久しぶりに出会うことができた好依の情報をもとに、祓い屋の屋敷を探しに来ているが、かなり古い記憶らしく、あまり当てになっていなかった。

「人には見えない、入口?」


巴は考えながら、手に持ったペットボトルの水を飲む。
人には見えない入口、好依はそのようなことを言っていたのだ。
なんでも、近くにまで来ると妖怪が屋敷まで案内をするらしいのだ。
なるほど、これなら用のない人間が行くことはかなわないだろう。
しかし、近くまで行くのも難儀だ。

巴はきょろきょろと周りを見渡す。

田舎町なので、そんなに人は多くはないがある程度賑わいはある。

「まさか、この町じゃないとか?」

近くの町も似たような風景があるし、この辺一帯は森に囲まれている。
しかし、そんなことを言っていたら埒が明かない。

巴はしばらく地図のかかれた看板の前に立ち尽くしていたが、ゆっくりと歩き出す。

やはり、妖怪に直接聞いた方が早い。
そう思い、巴は森へと足を運ぶ。

昨日の出来事を思い出すとまた恐怖心が浮かび上がるが、好依のこともあるので少しだけ安心できる。





「あれ、名取週一じゃない?」

近くに居た女性二人組の声が、ふと耳に入った。
巴は興味をかられて、女性の方を振り向いた。

「ほんとだ。何かの撮影かな?」

女性達の熱い視線を辿ると、ショーウィンドウの前に撮影機材が置かれたスペースに、数人のスタッフと、有名人の名取周一がいた。
周りを見ると既にギャラリーができていたが、そのほとんどが女性だ。
巴はその輪の中に入り込み、少しの間見物することにした。

有名人を見る機会なんて、そうそうないもんね。

様子を見ていると、どうやらドラマの撮影のように見えた。
写真やテレビなどで見るよりも、本人は背が高く、さらにかっこよくみえた。
しかし、よく見ると彼の首筋に黒いあざが見えた。
メイクだろうか?
それにしても不思議な場所にあざを書くものだなあと巴は首をかしげる。

しばらくすると、この場での撮影が終わったのかスタッフが撤収作業を始めた。
場が解放されると、彼のファンがスタッフの制止を押し切って駆け出すのが見えた。
名取周一はそんなファンにも綺麗な笑顔を見せて、サインや握手に応じていた。

全く、有名人ってすごい。

巴はその場を後にし、再び目的地に向かった。

















森についた巴は、まず好依と合流し、それから情報収集に勤しんだ。

「いやあ、そんな屋敷のことは聞いたことがないなあ。」

うさぎの頭を持った妖怪が唸りながら答える。

「そうですか、ありがとう。」

巴はスケッチブックに妖怪の特徴を書き込み、お礼を言って立ち去る。
すると、どこからともなく好依が現れた。

「私が思っていたよりも、この辺は変わってしまっているようだね。」

興味深く辺りを見渡しながら好依は言う。

「私があげた情報はあまり役に立たなそうだ。」

「痕跡くらいは見つかりそうだけどね。」

巴は今まで聞いたことをメモした手帳をもう一度確認する。
ここにいる妖怪たちのほとんどが、祓い屋のことを見ていないし、聞いてもいない。
ましてや、拠点なんて知っているものは居なかった。
しかし、いくつか興味深い話を手に入れることができた。

「ねえ、この夏目レイコって何か知ってる?」

”夏目レイコ”

そう言えば、初めて訪れたときにも聞いた名前だ。
この名前は妖怪たちの間では有名らしく、なんでも強い力を持つ存在というのだ。

その名を聞き、好依は興味をそそられたらしく、巴に視線を落とす。

「夏目レイコ。ああ、知っている。」

「知っているの?詳しく教えてくれませんか?」

巴は手帳とペンを持ち直し、好依の話に耳を傾ける。





”夏目レイコ”

彼女は人間で強い妖力を持った人。
出会った妖怪に勝負を挑み、負けた妖怪たちの名前を奪っていったそうだ。
とても美しく、とても強く、妖怪達から恐れられていたという。

好依はこの話を最近あったことの様に話す。

「名前を奪う・・・。」

巴はそう呟き、その意味を考える。
名前は、その存在の命そのものだ。
名前を奪うということは、命を支配すること。
それはとても恐ろしいことの様に思えた。
好依は夏目レイコと出会ったことがあるのだろうか?
名前を奪われてはいないだろうか?
巴は心配になり、好依を盗み見る。
視線に気付いたのか、好依は巴を見返し微笑む。

「私は直接会ったことはない。」

「そっか。良かった。」

巴はホッと息をつく。
すると、突然足元の繁みから何かが飛び出してきた。
巴は心底驚き、手帳とペンを取り落としてしまった。

飛び出してきたのは、たぬきだろうか?
その生き物は二人の足元で周りを警戒するような素振りを見せた。
何故か、酒瓶をひもで体に巻き付けている。

「ふ〜。やれやれ。撒いたか。」

その生き物が喋る。
どうやら普通のたぬきではなさそうだ。
白いたぬきは、巴と好依の存在に気付き、顔を上げた。

「む。なんだ小娘。こんな所で何をしておる。」

巴は不思議な生き物に言葉を失っていた。

「それにお前、好依じゃないか?」

たぬきは好依を仰ぎ見て少々驚いた様子で問う。

「なんだ、斑か。はたまたどうしてそんな姿で。」

好依は笑いをこらえながら答える。
二人はどうやら知り合いのようだ。
斑と呼ばれた生き物は、チラッと巴を見て目を細める。

「またごっこ遊びでもしておるのか?ほどほどにしておくんだな。」

「見つけたぞ先生!」

後ろから鋭い声が聞こえた。
巴が振り向くと、先日ペット探しをしていた男の子がこちらに走ってくるのが見えた。
先生って、あの子が探していた犬の名前じゃなかったっけ?
巴はそう思った。
まさか、この白いたぬきが先生?

「全く、勝手に走り出すなって言ってるだろう!」

男の子はたぬきを抱き上げる。

「良い酒の匂いがしたんでな。」

たぬきがそう答える。
男の子は慌てた様子で巴を見る。

「すいません、その・・・。」

どうやら、たぬきが喋ったことに対してどう説明しようか迷っているようだった。

「あ、大丈夫です。さっきからすごく喋ってますよ、そのたぬき。」

巴は申し訳なさそうに言う。
すると男の子に抱かれたままであったが、たぬきが暴れ出す。

「高貴な私に向かってたぬきとは!」

「先生は黙ってろ!」

その様子を見て、巴は微笑ましく思ったが、同時に疑問もわいた。

「二人はどういう関係なんですか?」

その問いかけに男の子はどう答えるべきか考えているようだった。

「安心せい。この娘もどうやら見えるようだぞ。」

たぬきが面倒くさそうにそう言う。
巴はうなずき、好依を手で紹介するように示した。

「私梶原巴と言います。こちらの方は好依という妖怪で、しばらくの間手伝いを頼んでいるんです。」

巴は頭を下げる。
あまり警戒を持たれるわけにもいかなかった。
なぜなら、この子は人間で、私と同じく妖怪が見える子なのだから。

「夏目貴志と言います。先生は、わけあって用心棒をしてくれているんです。」

先生がフンっと鼻をならす。

「用心棒?何か危険な目によく合うとか?」

巴は心配になり、夏目に聞く。

「面倒くさい娘だな。」

先生がそう言う。
それもそうか。見ず知らずの人間にそこまで突っ込まれると不愉快にもなるか。
巴は思いなおし、自分がなぜここにいるかなどを説明し、せっかくなので夏目に祓い屋のことを知っているか聞いてみることにした。

「祓い屋ですか?そういえば、近くこの辺りで祓い屋の会合があると聞きました。」

夏目はそう答える。
祓い屋の会合。
そんなものがあるならば参加してみたい。

「私も参加できないかな?」

夏目は少しの間考えていたが、うなずいた。

「多分大丈夫だと思います。行き方さえわかればだれでも参加できると思います。」

そう言って、会合の日時、場所、行き方などを教えてくれた。
巴はいくつか質問しながら手帳に書きとっていった。

「ありがとう。これで、迷うことなく行けそうです。」

「会えるといいですね。」

夏目がそういう。
今では少し警戒心を解いてくれたのか、それなりに会話をしてくれるようになっていた。

「それじゃ、また。」












「会合に行くんだな。私も入れるだろうか?」

好依が鳥居の下にある石作りの階段に座って言う。

「え?好依も行きたいんですか?」

巴は驚いた。
祓い屋のことが嫌いと聞いていたが、会合に行って何かするつもりなのだろうか?

「少しばかり興味があってね。」

好依は巴の顔を見て、首を振った。

「勿論、悪さをしようってわけじゃない。」

「それなら、大丈夫だよ。一緒に行こう!私も少し心細かったんだ。」

巴はそう言う。
いくら夏目が行くといっても、どれくらいの規模かもわからないし、現地で会えるかどうかもわからない。
そんな状況で一人寂しくいるのは心細かった。
好依が一緒に行ってくれるなら心強い。

「良かった。じゃあ、私も斑のように用心棒でもしよう。」

好依が嬉しそうに言う。








<第参話・終>


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