夏目友人帳

第四話「祓い屋の会合・前編」
1ページ/1ページ

会合のある夕方、巴はいつものバッグを肩にかけ、好依(このえ)の待つ神社へ向かった。
神社までの道中、何故かいつもよりひっそりとしているように感じた。
妖怪たちも、会合が行われることを知っているのだろうか。

「やあ。」

好依が鳥居の上から声をかけてきた。

「こんばんは。」

巴は軽く挨拶をし、今日の予定を好依に話す。

「会合は初めてだから上手くいくかどうかはわからないけど、祓い屋について調べてみたいと思うの。具体的に妖怪を祓うってどういうことか知りたい。」

好依は巴の話を真剣に聞いてくれた。
祓い屋が嫌いな好依だったが、学問のためなら我慢できる。
そうは言っていたが、少々不安もある。
何せ、妖怪達にとっては理不尽なことを言われるかもしれないのだ。
というより、理不尽な人が多く集まっているはずだ。
そんな中で、どれだけ落ち着いていられるだろうか。

巴は念のためもう一度確認することにした。

「本当に大丈夫?」

夏目に誘われたこともあるので、あまり彼に迷惑のかかるような事態にはしたくない。
好依は何でもなさそうにうなずく。

「大丈夫。」





















「やや。会合へお越しかな?」

昨日夏目に聞いた通りの道を歩み、目印を辿って目的の入口まで無事に着くことができた。
かなり複雑な道を辿ってきた。
好依いわく、複雑に歩くことで一種のまじないがかかるというのだ。
一回目には見えない何かが、二回目には見える。そんな感じだ。
入口についたところで、懐かしい形の傘をを持った人型の妖怪が二人に声をかけてきた。

巴は好依をちらっと見て、案内役の妖怪にうなずく。

「こちらへ。」

妖怪が横にずれ、通せんぼしていた道を明け渡す。
巴は緊張しながらその道を通る。
好依が何も喋らないのも気になる。

夏目はもう来ているだろうか。
巴はそんなことを思いながら、足を進める。
途中、小さな妖怪が足元を通った以外、誰とも会わない。
段々と心細くなってきたところで、ふと開けた場所が目の前に広がった。

旅館のような佇まいだ。
巴は建物をみて少し驚く。
ここが会場だろうか?
かなり豪勢で明かりも明々と点いているし、ここで祓い屋の会合が行われるなんて考えられない。
恐らく、他人から見たら企業のパーティーか何かだと思うだろう。

「凄いね。こんな所で会合なんて、もっと大人しくするものかと思ってた。」

巴はそう呟く。
それを聞いた好依が顔をしかめる。

「妖怪達への牽制だろう。」

ああ、なるほど・・・。
こんなに祓い屋がいるぞ、という脅しといわけか。

「とにかく中に入ろうか?」

巴は会場の入り口に向かう。
入口の両端に、妖怪だろうか?誰かが一人ずつ立っている。
巴は立ち止まり少々考える。

何か手続きが必要なのだろうか?

だが、証明書といっても学生証しか持っていない。
証明がいるとしたら祓い屋の何かが必要だとは思うが、生憎持ち合わせてはいない。

「気にしないで入ってみたらどうだ?」

好依が背中を押す。
突然だったために巴は体制を崩し、敷居を跨いでしまった。
だが何も起こらない。
恐る恐る入口にいる誰かを振り返ったが、何の反応も示していなかった。
巴は胸を撫で下ろす。

嫌な汗をかいてしまったな。




会場の中は、思いのほか大勢で賑わっていた。
いくつかの円卓の上に、ワインのボトルや綺麗に盛り付けられた食事が並んでいた。
どう見ても、どこかの同窓会に見える。
巴が想像していたものよりも、はるかに普通だ。

しかし、集まった人の多くが着物や羽織を着ていたり、少々異質であることも見て取れる。
それに、いくつか人間でないものも紛れているようだ。

巴は人の少ない壁際に落ち着き、周りの様子を観察する。
楽しそうに談笑する人や、隅でこそこそとしている人。
時折、広間の窓から鳥のような妖怪がスーッと入ってくる。
そんな光景を見て巴は不思議な気持になる。
ここにいる人たちは、妖怪が見えるのだ。
普段はどんな生活をしているのだろうか。



「こんばんは、梶原さん。」

この声は夏目だ。
顔を向けると、先生を胸に抱えた夏目が立っていた。
どうやら人を連れているようだ。
帽子を深くかぶっているため、顔はよく見えない。

「こんばんは、夏目くん。会えてよかった!」

巴は夏目が声をかけてくれたことにとても喜んだ。
好依もお辞儀をして、先生を見つめてクスッと笑う。

「夏目、この方は?」

夏目の後方に立っていた男性が巴に目を向ける。

「昨日、偶然森で出会ったんです。何か、大学の研究課題で妖怪のことを調べているらしくて。」

巴は夏目を手で制して、自分で説明するよと目で示した。

「梶原巴と言います。都内の大学で、民俗学を専攻しているんです。今回タイミング良く情報が手に入ったので、ここまで来させていただきました。」

巴は男に妖怪を研究していること、夏目に会合のことを聞いたことを簡単に説明した。
男は納得した様子で頷く。

「大学の研究かあ。何だか新鮮な目的だね。」

男は被っていた帽子を脱ぎ、巴に手を差し出した。

「名取周一です。よろしく。」

巴は一瞬わが目を疑った。
目の前に立っているのは紛れもなく、有名人の名取周一だ。
呆けた顔で、とりあえず名取と握手をしたが、彼がなぜこんなところにいるのか見当がつかない。

「私は裏で祓い屋をやっていてね。これは秘密だけど。」

名取はそういってウインクをする。
祓い屋ということは、彼も妖怪が見えるわけだ。
信じられない。
巴は言葉を失い、もじもじとしてしまう。
なにせ、自分とは一切かかわりのない世界で生きているであろう名取周一が、何の偶然か今目の前にいるのだ。

「ところで、君の隣の妖怪は、君の式かい?」

名取は興味深そうに好依を見る。

「いいえ、彼は式ではないです。私の研究を手伝ってくれている妖怪です。」

それを聞いて、名取は少々驚いた顔をした。

「へえ・・・。夏目といい、君といい、妖怪と友達になれるなてすごいな。」

友達か。
確かに、別の言い方をすれば巴と好依の関係は友達と言えるだろう。
ただ、妖怪と友達になれるなんて巴は思っていない。
そんなに甘くはないはずだ。

ふと、名取の首筋に黒いあざが浮かび上がる。
先ほどまではなかった気がするが。
巴は気になり、首をかしげる。
すると、黒いあざがすっと動き、名取の右頬まで移動した。
よく見ると、黒いあざはヤモリの形に見えた。
巴が見ているものが何か気付いた名取はくすくすと笑う。

「これかい?君にも見えるんだね。」

「不気味なあざだな。」

好依が嫌そうに呟く。
名取は好依の言葉に肩をすくめて見せる。

「やだなあ。変な事言わないでくださいよ。」

名取と夏目は用があるらしく、しばらくして二人は巴に手を振りその場を去っていった。
巴は名取からもらった名刺をじっと見つめ、高揚した気分になる。
なんていったって有名人。

「妙なご縁もあったもんだね!」

嬉しそうにそう呟く巴を見て、好依はおかしそうな顔をする。

「巴はああいう男が好きか?」

「何言ってるの。別にそんなことじゃないよ。」

とは言うものの、指摘されて巴は顔が熱くなるのを感じた。
すぐに好依の視線から逃げるように顔を背ける。

「"かくしてぞ 人は死ぬといふ 藤波の ただ一目のみ 見し人ゆえに"」

巴の様子に満足したのか、好依は楽しそうに歌を詠む。
一目ぼれって、そういうんじゃないのに。
巴はひっそりとため息をつく。

「おや?見慣れない顔だね。」

巴はぱっと顔を上げる。
そこには痩身の女性が立っていた。
怪訝そうな顔で巴と好依を見つめている。

「こんばんは。わけあって、会合に参加させていただいております。あの、もしかしてお邪魔でしたか?」

「いや、そうではない。ただこちらもどなたが来ていたか把握しておきたくてね。貴女はどのような流派?それとも家系かな。」

どうやら彼女は巴のことを祓い屋だと思っているようだ。
それもそのはず、ここは祓い屋の会合だ。

「いえ、私は祓い屋ではなくて・・・学びに来たというか。」

どう説明したらいいか迷ってしまう。
恐らく彼女はその道のプロだ。
それに、発言からして主催者側の人間であるには間違いない。
そのような人に、大学の研究でなどと子供じみた発言はしたくはない。

「七瀬。」

黒い着物を来た集団がいつの間にか傍にいた。
その中の、一番若い男が彼女を呼んだらしい。

「おや。当主直々にこちらに参られるとは、急用かね。」

七瀬はふふっと笑い、巴に声をかける。

「すまないね、失礼するよ。」

そう言って黒い着物の集団と一緒に広間を出ていった。

「びっくりした。あの人たち多分偉い人だね。」

巴は七瀬から解放されたことにホッとする。
恐らく、あの集団がこの会合を主催しているグループだ。
周りの様子からして、とてつもなく有名らしい。
なにせ、彼らが通る度にひそひそと声が聞こえるし、わざわざ頭を下げる人もいるのだ。

「的場一門。」

好依が低い声でそう言う。

「的場?」

「そう、祓い屋で一番大きな組織と聞いている。」

好依は何故か的場が消えたあたりを睨み付けてる。

もしかしたら、好依は的場に興味があったのかな。
巴はそう思った。
好依は神経を張り詰めていた様子だったが、しばらくすると落ち着きを取り戻した。

巴は好依が落ち着いたのを見計らって、参加者の話を聞いてみることにした。
本来の目的は、これだ。
せっかく来たのだから無駄にはしたくない。
巴は質問リストに目を通し、ペンと手帳を持ち広間の人間に声をかけ始めた。



















「こんなものかなあ。」

巴はため息をつく。
話をしてくれそうな人には、大方声をかけてきた。
同じ世界を見ている人と会話をすることは滅多になかったので、思ったより長話をしてしまっていた。
その間も好依は手持無沙汰に巴を付いて回っていた。
ほとんどの人が巴よりも好依に興味を示していた。
巴が質問する前に、その式はどこで手に入れたのか、どのような術を使ったのかなどということを聞いてきた。
どうやら好依のような妖怪が人間に付いて回るのが珍しいそうなのだ。
巴も好依が強い力を持っていることはなんとなくわかっている。
そこいらの妖怪よりも「存在している」と感じられる。

「どうだ、いい情報は得られたのか?」

好依が手帳を覗き込む。

「うん。すごく貴重!本じゃ学べないよ、こんなもの。」

まさに、その通り。
というか、論文にしてもいいのか迷うほど怪しい情報もたくさん得られた。
そういえば、今何時だろうか。
あまり遅くなると叔母さんが心配するだろう。


「好依、そろそろ帰ろうか?」

巴は手帳をバッグにしまい込み、好依を見上げる。

「ん。的場には会わないのか?」

「え?なんで?」

巴はプッとふきだしてしまった。
やっぱり、好依は的場がお目当てのようだ。

「せっかく来たのだから、一番偉い奴に会ってみるのもいいだろう。」

「でもね、一番偉い人は普通は会えないんだよ。予約が必要なの。アポイントメント。」

巴は首を振り、好依の腕をひっぱる。

「多分会えないよ、諦めて帰ろう。」

好依はしばらく反抗していたが、望みはないと諦めたのか、しぶしぶ巴に従った。

それにしても、好依はなぜ的場に会いたいのだろうか?
何か用事があるのか、それともやり込めるつもりなのか?
どちらにしても、不安要素があるならば今は会わない方がいい。
今回すんなり参加できたし、会いたいならまた機会はあるはずだ。

玄関に着くと、突然目の前に面を被った人が現れた。

「お嬢さん。今お帰りですか?暗いのでお送りしますよ。」

「いいえ、大丈夫です。お気持ちだけいただきます。」

巴は軽く会釈して通り抜けようかと思ったが、お面の人が前を遮る。
巴は怪訝に思い、顔を上げた。

「いやいや本当に危険だから、任せておいてよ。」

どうやら強引にでも巴を送っていくつもりのようだ。
ゆっくりとその人の手が巴に伸びる。
何かがおかしい、巴はそう思った。

すると、伸ばされた手がはじき返された。

「お遊びなら他を当たるんだな。」

好依が巴の肩を抱いた。
手に持った扇子でお面の腕を振り払ったようだ。
お面の人は慌てた様子でその場を去っていった。
好依はその姿を見送り、顔にかかった髪を搔き上げた。

「何だか、やっぱり人間って頼りないよね。」

好依は巴の顔を覗き込み困ったように笑う。

「ごめんなさい、さっきはちょっと本当に意味わからなかっただけ。」

巴は弁解するように呟く。
好依はふと顔を上げ、左側に続く廊下に視線を移した。
巴もつられて好依の視線を辿ると、そこには先ほどの黒い着物の集団がいた。

「おや。また会いましたね。」

先頭に立つ、片目を隠した若い男が微笑んだ顔で口を開く。
巴の肩を抱く好依の手に力が入ったのが分かった。
もしかしたら、あの若い男が的場本人なのだろうか。
男は好依を見て目を細める。

「それにあなた、一体どういう風の吹き回しです?」

好依はその質問には答えなかった。
黙り込み、ただ男を睨み付けている。
巴は困惑し、好依と男を交互に見る。
男は巴の困惑しきった態度を見て、付き人に指示を出した。

「彼らを応接間へ。私も後から行きます。」















<第四話・終>


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ