夏目友人帳

第七話「孤独な双子」
1ページ/1ページ


巴は今、駅前のカフェで本を読んでいる。
今日は父がこの街に戻ってくるのだ。
迎えのために駅まで来ていたのだが、父はうっかり飛行機に乗りそびれたらしく到着が遅れていた。

巴は本から目を上げ、駅前の通りを眺める。
ちょうどお昼時だ。
たくさんの人々が忙し気に歩いている。
その中に、人とは違う何かも混ざっているのが見えた。
巴よりも自分の傍にいる妖怪に、ほとんどの人は気づいていない。

つくづく不思議なことだな、と思う。

私は見えているけど、大多数の人は見えない。
自分の見ているものが果たして、本当に存在しているのかどうかすらわからない。
なぜなら、確認できる人がいないのだから。

コーヒーカップを意味なく指で触り、巴は小さくため息をつく。

好依が旅に出てから、森へは行っていない。
なんとなく、行きたくなかったのだ。
今は妖怪とかかわる気が起きなくて、ここ数日はレポートのまとめ作業をしていた。
レポートに書くことはたくさんあったので、その作業に数日かかったのも事実だ。


ふと、外から視線を感じて巴は顔を上げた。
人々が行き交う広場の、ちょうど真ん中あたりに人影が二つあった。
こちらを見ているように思えた。
巴はもっとよく見ようと瞬きをしたが、次に見た時にはその人影は消えていた。

妖怪だったのかな?
巴は気にしないようにして、また本を読み始めた。

















「好依は居なくなったんですか。」

「はい、先ほど奴の住処に行ってみましたが、気配はありませんでした。」

「…まあ、いいでしょう。報告ありがとうございました。」

男は頭を下げ、部屋を出ていった。
的場は男が完全にいなくなったのを確認してから、態勢を崩した。

「やれやれ、また大物を逃がしましたね。」

先日の会合で好依と会ったことで興味が強まり、もう一度手に入れようと試みたが、どうやら本人は消えてしまったようだ。

彼女なら…。

そう、好依と一緒にいたあの子なら居場所を知っているかもしれない。

出会った時のことは、まだ鮮明に覚えている。
どこにでもいるような雰囲気の彼女が、どうして好依のような妖と一緒にいるのかが疑問だった。
対して力も強いとは思わなかったが、それは確信できなかった。
好依の霊力が強すぎるために、彼女の力を正確に感じることはできなかったのだから。

それに…、と彼女を思い出し、的場は笑みを浮かべる。

「嫌になるくらい純粋な子でしたね。」

的場は自分の考えていることに気付き、少し驚き、ため息をついた。
あまり人のことは考えたくなかった。
どうしても他人と自分を比較してしまう。
自分と真逆の性格の人がいればいるほど、自分の狡猾さに嫌気がさしてしまう。

だからといって、直そうという気持ちはないが。
的場当主であるからには、こういう面が不可欠なのだから。

















「遅かったわね。長旅、ごくろうさま。」

巴は父と一緒に叔母の家へ無事に到着した。

あの後、父は予定よりも1時間半も遅れて駅に到着した。
ここまでの道中、遅れたことを謝りまくり、娘の機嫌を窺っているのが見え見えで、正直疲れた。
家に着いたことで、大いにホッとした。

「ああ、ありがとう。」

父は重い荷物を玄関に置き、靴を脱ぎ始めた。

「お父さん、なんでそんなに大荷物なの?」

父は明日にはもう帰るはずだ。
それなのに、かなりでかいキャリーケースを持ってきていた。

「え?ああ、ちょっとな。」

父は何でもなさそうにそう言い、巴を見てにっこりする。

「あとで教えてあげるよ。」








叔母と叔父、父と夕飯を食べた後、巴は自室に戻り寝転がっていた。

父はよく喋る方だ。
叔父と叔母との話が長く、私が休暇中どんな感じだったかとしつこいくらい聞いていた。
子供じゃないんだから、と何度もたしなめたが
その度に、すまんすまんと笑いながら謝るだけだった。

父のことは嫌いではないが、めんどくさいと思うことは多い。

「巴、今いいか?」

ほら、きた。
これから夏休み中のいろいろを聞き出すつもりだ。
巴はめんどくさそうに体を起こし、返事をした。
父は紙袋を手に持って部屋に入ってきた。

「夏休みどうだったんだ?」

「普通だよ。学校の課題やってただけ。」

巴はそう答えた。
間違ってはいない。
父には妖怪とか幽霊とかの話は全然していなかった。
小さい頃に、私が何か変なことを言っていた可能性はあるが、それが場の空気を乱すことである、と認識してからは家族にも言っていなかった。

「そういば、この辺で調べたいことがあったんだよな?見つかったのか?」

「うーん、まあまあかな!」

「そうか。」

「お父さん、その紙袋なに?お土産?」

父はにっこりと笑い、紙袋を引き寄せた。

「土産じゃあないけど、巴に渡すものだよ。」

そういって、紙袋からアルバムと古びた本を数冊とりだした。

「これ何?」

巴は興味を持ち、アルバムを数ページ開いてみた。
中の写真は、若い女性とが主なものだった。

「母さんの若い頃のアルバムだね。」

巴と一緒に写真を眺めながら、父が楽しそうに言った。

「ここに来る前に、母さんの方にもいってきたんだ。」

母の父親と母親、つまり巴の祖父と祖母のことだ。
父はそこでいろんなものを借りてきたらしい。

巴は若い時の母の写真をじっくり見た。
自分によく似ている、と思った。
母の死後から1年しか経っていないが、巴は写真を見て悲しい気持ちになったりはしなかった。

赤ちゃんの時の写真から、母の大学生の時の写真まで、色んな年代の写真がきれいにしまってあった。

「結婚式のもあるね。これ始めてみたかも。」

白無垢の母と、緊張している顔の父の写真。

「結婚式は緊張していたから、父さんは全部笑ってないな。」

そう言って父は写真を見ながら顔をしかめる。

他の写真を眺めていたところ、興味深いものを見つけた。

「お母さんと一緒に写ってるこの人、誰?」

制服を着た母と、その隣に神主の服を着た男性が笑顔で立っていた。

「ああ、その人はお前の伯父さんだと思うよ。母さんの兄だね。」

見たところ、母とは歳が離れているようだ。高校生くらいの母と、伯父は25、6くらいだろうか?
巴はこの男性とは会っていなかった。母方の親戚に会いに行く機会は少なかったのもあったが。

「この人、今何してるの?神主ってすごいね。」

「賢吾さんは、確か母さんが大学に入ったころに亡くなっていたと思うよ…そう、多分この写真を撮ったくらいに。」

「でも、なんでだろうね。今まで元気だったのに、突然ばったり倒れてしまったんだ。」

父は真剣な表情でそう言う。
巴はもう一度写真を見た。
この人も、今は生きていないのだと思うと、複雑な気持になった。
しばらくの間無言の時間が過ぎ、写真を一通り見終わった後に巴は顔を上げた。

「ていうか、なんで突然こんなのもってきたの?」

父はハッとしたような顔をして、紙袋から出した古い書物を数冊、それと巾着を巴の前に置いた。

「巴が民俗学や、神道の研究をしてると伝えたらね、色んなものを預けてくださったんだ。賢吾さんが使っていたものだと思うよ。」

「へえ!すごい。」

巴は本を手に取りページをめくった。
これは神道の専門書だ。
賢吾さんが持っていたこれらの本は、普通の本屋には売っていないもののようだ。

「賢吾さんは大学を卒業した後、この辺の神社に就職したらしくてね。これも何かの縁かなあ。」

父は顎をかきながら苦笑いした。

「この巾着はなに?」

「それは父さんには分からないな。中身を見せてもらったけど…巴ならわかるかもって、これもくださったんだ。」

巴は巾着をあけて、中のものを取り出してみた。
出てきたのは、人型に切り取られた紙と、お札のようなもの。

それと…

「ビー玉?」

透き通ったガラス玉を手に取って、巴は首を傾げた。
ビー玉よりは少しだけ大きい。
人型の紙とお札は意味のあるものだと思うが、このビー玉は一体なんだろう?



















「それじゃ、残り半分の夏休みは全部こっちにいるんだな?」

次の昼、駅まで見送りに来た巴に念を押すように父が訪ねた。

「うん。もう少しやりたいこともあるし。そっちには一人で帰るから平気。」

「そうか。叔父さんと叔母さんに迷惑かけないように。それと…」

「危ないところに一人で行かないように、でしょ。わかってるよ!」

巴は何度も聞いた言葉を先取りする。
父は不安そうに何か言いたげな表情だったが、飛行機の時間がおしてたので、そのまま手を振って改札を通り抜けて歩いて行った。

父が見えなくなるまで見送ってから、巴は駅を出た。

父と別れたのはちょっと寂しい。
いるとめんどくさいけど、いないと寂しく感じる、そんな感じだ。

「あれ?」

駅の広場に、昨日見た人影がいた。
立ち止まってじっくり見てみたが、やはり人間ではないようだ。
相手も巴のことをじっと見ているように感じた。
話しかけてみようか、そんなことを思いながら突っ立っていると、後ろに誰かの気配を感じた。

「こんにちは。また会いましたね。」

恐る恐る振り向くと、やはりあの的場だった。

「こんな所で何してるんです?」

的場が中身のない笑顔で尋ねてきた。
巴は本当のことを言うかどうか迷った。
というか、的場とはあまり話をしたくないのが本音だ。

「もしかして、あれですか?」

そう言って、的場は広場の異質な人影を指さす。
やはりあれは妖怪の類なのか、と巴は確認できたことに少しほっとした。

「そうですけど、今から帰るんです。さよなら。」

人影は気になるが今は的場から離れたかったので、このまま帰ろうと的場に背を向けて歩き出した。

すると、いきなり腕を掴まれた。
巴は驚いて動きを止めてしまった。

「おかしいですね。あなたあれが何かわからないんですか?そっちは危ないですよ。」

的場は広場で動かずじっとしている二つの影を睨みながら言った。
巴は何が何だかわからず、目を瞬いた。

「な、何がですか?あの…。」

的場は巴が何を言いたいか気付いたらしく、掴んでいた腕を離した。

「ああ、すみません。」

まさか的場が自分を引き留めるために腕を掴むなんて考えていなかったのだが、そこまでするほどあの妖怪は危険なのだろうか。
巴は緊張しながら立ち尽くす。

「ところで、私はあなたに用があったんです。少し時間を下さい。」

的場は未だ警戒しながら、巴につてくるように促した。
巴はちらっと人影を見てから、ことがはっきりするまでは的場についている方がいいと思い、そのまま従うことにした。











<第七話・終>


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ