天は二物を与える
□第6話
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あれから暫く、宥めるように頭を撫でられながら、今まで堪えてきた涙を流した恋空。
漸く落ち着いてきたのか、少し遠慮がちに口を開いた。
『…ありがとうございます。
…もう、大丈夫です。』
そんな鼻にかかったような声が耳に届き、今吉は少し体を離して恋空の顔を見る。
普段の彼女は化粧のためか少しだけ色気を醸し出し、落ち着いた女性を思わせる印象であった。
しかし今はもう、少し赤く腫らした目を逸らして、恥ずかしそうに俯く年相応の少女がいるだけだった。
そんな恋空を可愛らしく思い虐めたくなったのか、ニコっと笑いながら少し意地悪な事を口にする。
「なんや、もうえぇの?ワシはもう少し甘えられてても構わんで」
そう言えば恋空は、頬を赤くしてホントに大丈夫ですから!と今吉の体を押して距離を取るのだった。
今吉先輩の笑い声を耳にしながら、深呼吸をして少し落ち着いた後、気になっていた事を質問する。
『……あの…聞かないんですか?』
突然の事に、今吉はなんのことやと首を傾げる。
『バスケをやめた理由…
一番聞きたいんじゃないんですか?』
そう聞けば、せやなぁ、でも、一番言いたくない事やろ?と返ってきて、勿論ですと答える。
「なんや、言う気ないのに聞いてきたんかい」
また笑う今吉先輩に、そうじゃないんですと言えば、訳が分からないという様な顔をされた。
『言おうと思って聞いたわけじゃないです。
ただ、お礼を言いたくて…』
「…お礼?」
ますますはてなを頭に浮かべる今吉先輩の前に立ち、笑顔を向ける。
━━━聞かないでくれて、ありがとうございます
そう言って深くお辞儀をした。
まさかそんな事をされるとは思っていなかった今吉は、少し呆然とする。
だが直ぐに意識を戻すと、未だ頭を下げている恋空の体をゆっくりと起こした。
「…そんな事、気にしてたんか?
自分、面白いなぁ。
誰だって言いたくない事の一つや二つ、あるやろ?
それを無理に聞き出すほど酷い男でもないで?」
その言葉を聞き、恋空はもう一度ありがとうございますと、今度は頭を下げずに目を見て言うのだった。
「まぁそこまで言うんやったら、一つ借りっちゅうことで。
今はまだえぇけど、そのうちマネージャーやってもらうで?」
そう言えば、いつかその借りをちゃんとお返し出来るようになれたらいいと自分でも思いますと、恋空は少し悲しそうに微笑んだ。
キーンコーンカーンコーン
丁度2限目の終了を知らせるチャイムが鳴り響いたため、そろそろ行こうかと二人で屋上の出入り口へ向かう。
一歩先に階段を降りていく恋空に、あぁそう言えばと今吉が声をかける。
振り向いたと同時に、保健室で氷もろて少し冷やしてから戻りと伝えると、恋空は少し恥ずかしそうに笑いながら、はいと階段を降りていくのだった。
その後ろ姿を見送りながら、今吉もゆっくりと階段を降りる。
「全く、お礼言うてくるなんて変わった子やなぁ…
普通問い詰めてるこっちが、無理に聞いてすまんて謝る場面やろ」
まぁ問い詰めてないけど、と自分でツッコミつつ、新たに見れた恋空の一面に、少し満足しながら教室へと戻るのだった。