小説
□リスク
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最近知念の様子がおかしい。
知念とはジュニア時代から仲が良く同い年だが弟の様に可愛がってしまっていた。
グループが結成され、直ぐに知念と身体を繋いだ。
告白をして来たのは知念の方からだった。
初めは戸惑ったが、知念の真剣な眼に根負けしてしまった。
だが、ここ最近は知念が俺に触れる事が一切ない。
妙によそよそしい雰囲気で会話していても目が合わない事も多くなって来ている事に不安が募るばかりだ。
新曲の打ち合わせでスタジオに呼ばれていた為、もやもやとした気持ちを胸に隠し、作り笑いをしながら楽屋のドアに手を掛けた。
「おはようございまーす」
ドアを開けると瞳に映るのは、今一番会いたくない人物だった。
「……知念」
室内を見渡す限り、スマホを弄っている知念以外は誰も居ない様子だった。
こんな時に二人きりとか勘弁して欲しい……。
暫く二人の間に沈黙が流れる。
「……なぁ、知念……」
重々しく唇を開き、未だうつ向きスマホを眺めている相手に言葉を投げる。
「……ん〜。」
やっとスマホから視線を外し知念が俺の顔を見上げた。
隣に座ると、身体を知念に密着させ顔を近づけ目を閉じた。
暫くし、小さなため息が耳に触れ、唇に違和感が残った。
目を開けると、知念の人差し指が唇に触れていた。
「……駄目だよ。もうすぐ皆来るし、、」
「……なぁ、俺らって付き合ってんだよな?」
その言葉に知念の顔が曇り、再度深く息を吐き出した。
「今さら何なの?」
冷たく、突き放すような声色で知念が俺を見つめる。
「……最近全然触って来ねぇじゃん!……何で?」
キスを拒まれ、更に否定的な態度を取られ益々知念が何を考えているのか分からなくなって来た。
「別に、、意味なんて無いけど?……ごめん、、、、先に行くね」
まただ。
全然此方を見ようとせずに早口で言い終えると知念はさっさと楽屋を後にしてしまった。
「んだよ……それ……」
何でここまで拒絶するのか、、意味がわからない。
「まさか……飽きたのか?」
いや、考え過ぎかもしれない。以前は知念の方から求めて来ることが多かった。
その度に俺はその欲を受け入れて来た。
だが、この1ヶ月はそれも無く、妙によそよそしい。
それって……。
やっぱり……。
「飽きた……」
「何が?」
背後から突然声が降って来た。
余りにも突然の事に全身をびくつかせ後ろにいる声の主を確かめた。
「……ゆーてぃ……」
振り向いた先には、楽屋入りをした中島裕翔がぽかんとした表情で俺を見つめていた。
「何が飽きたの?」
「え?」
中島の質問に冷や汗が額を濡らし顎に伝った。
「山ちゃん、何か呟いてたからさ、、」
聞かれてた。
焦りが表情に出てたのか、黙り込む俺に中島はそれ以上何も言って来なかった。
「ごめんね。困らせて」
優しく髪を撫でる中島に申し訳ない気持ちがこみ上げ涙腺が緩んだ。
「……言いたくなったら話してね。俺は涼介の見方だから」
中島がゆっくりと言葉を与えてくれ、きつく抱き締めて来た。
頭上で暖かい声が聞こえてくる度に心地良い気持ちになる。
「……ゆーてぃ」
中島の広い背中に両腕を回し、シャツを強く握りしめた。
不意に目の前が暗くなり、唇と唇が触れる寸前まで近づいて来た。
「何やってんの?」
突然の低い声に肩を跳び跳ねながら、中島と離れた。
その声には聞き覚えがあった。
いや、さっきまで聞いていた声。
「知念……」
振り替えると、ドアに手を掛け此方を恨めしそうな瞳で見ている男が立っていた。
「……どうしたの?先に撮影してたんでしょ?」
中島が冷静に知念に言葉を掛けた。
「……ちょっと……忘れ物」
中島の言葉に顔色一つ変えずに、楽屋に足を踏み入れテーブルの上に置いてあるスマホをポケットに納めた。
「涼介……」
知念がまっすぐ俺の方に歩み寄って来た。
その眼は一切笑っておらず、暗く澱んでいた。
俺のすぐ横まで近づき、すれ違い様に耳元で唇を開いた。
「……最低」
「ッ……」
何も反論出来ずに、その場に立ち尽くす事しか出来ずにいた。
後ろでドアが静かに閉まる音が聞こえた。
その日の午後はPVの撮影でメンバーが各ペアになって撮影する内容だった。
幸い俺は知念ではなく薮ちゃんとペアになったので少しは気持ちが晴れる様な気がした。
目線の先には先に撮影をしている知念と光君が映った。
楽しそうに、八乙女と頬を寄せ笑っている知念。
(……俺とはあんな顔しないくせに……最低はどっちだよ……)
そんな事をぼけっと考えていると突然知念と目が合ってしまった。
知念は小さく笑みを浮かべ八乙女を引き寄せ……。
「っ」
俺の眼に飛び込んで来たのは、知念と光君のキスシーン。
唇と唇が触れているだけのキスだったが、知念の薄い唇が開き、その隙間に滑り込ませる赤い舌先。
もう見ている事も辛く、目線を外し自分の足先を必死で眺め続けた。
(そういう事か……)
「別れたい」ってちゃんと知念の言葉で聞きたかった。
こんな……絶望を突き付けられて……最低。
もう、今までの様にはいかない。さっきのが知念の答えだった。
「山田!?」
異変に気づいたのか隣に座っていた藪が声を上げた。
もう、涙で視界がぼやけてなにも移っては居なかった。
きちんとけじめを着けないといけない事は分かって要るが、身体が動かない。
こうしてぼやぼやしている内に一週間が経ってしまった。
未だに知念とはぎくしゃくしたままだ。