小説
□開花
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「……絞めて……もっと、高木のモノだと証明させて……」
暗い部屋に月の光が射し込み、その白く伸びた首筋が映る。
汗ばんだ自分の手が、その白い首筋を包み込み力を入れる。
「ッ…………くっ……そう、強く、痕が残る様に……俺に首輪を着けて…………」
途切れ途切れに言葉を振り絞る相手の額に唇を落とす。
「……伊野尾くん……」
相手の名前を呼び、額から、顎に掛けて伝い流れる汗を指先で拭う。
眉間にシワを寄せ、伊野尾の唇が薄く開く。
「…高…木……ッ……き…」
薄く目を細め柔らかく微笑む彼に、強く後悔と罪悪感が高木を襲った。
どうして、どうしてこうなったのか。
なぜ、今自分は伊野尾の首を思い切り締め上げて要るのだろうか。
「……ふぅ、あああッ……っ」
ガクガクと伊野尾の身体が揺れ、ゆっくりと高木に凭れ掛かる。
浅く呼吸を繰り返し、きつく目を閉じ、身震いする伊野尾の髪に指を絡ませる。
「……もうイッちゃったの?
」
耳元で低く呟くと、伊野尾の顔面からは血の気が引いたように、焦りの色が映った。
「……ごめッ……ごめん……嫌だよ。高木……ちゃんとするから……捨てないで」
子供が泣きじゃくる様に小刻みに震え必死に高木にすがり付く伊野尾を見下ろし高木はその細い肩を自分から引き離した。
「……あ、、」
伊野尾は酷く怯えた表情で高木の顔を見上げた。
ごくりと喉が鳴る音が耳に触れた。
何故、伊野尾がこんなにも高木と云う男に執着するのか……。
それは、数年前のコンサートで、山田涼介に内緒で誕生日を祝うと云うサプライズを企画していた時に、伊野尾の何気無い発言に対し高木がキレるといった内容を用意していた時だった。
スタッフ、メンバーの協力もあってサプライズは無事に成功を遂げた。
だが、その日から伊野尾の高木に対する態度が変わってしまった。
妙によそよそしいと云うか、怯えている様子も伺えた。
遂に我慢が出来なくなった高木が伊野尾に詰め寄った。
「伊野尾くんさぁ……俺の事嫌いでしょ?」
「え、」
低く重い声に、肩を跳ね上げた伊野尾がゆっくりと、その黒々とした瞳に高木を映した。
二人の間に重い雰囲気が流れ、時間だけがゆっくりと経っていく。
カチカチと時計の針が動く音が五月蝿く耳に響く。
「…………。」
「…………俺、何かした?全然覚え無いんだけど。別に、嫌いでも良いけどさ……」
「ッ……違っ」
高木が言い終わらない内に伊野尾が言葉を切った。
暫くは沈黙が続き、下を向き唇を噛み締める伊野尾を黙って見つめていた高木も痺れを切らし、自然と溜め息を漏らす。
「ッ……」
高木の怪訝そうな態度に、伊野尾の肩が上がり、酷くびくついた。
高木の知る限り、以前の彼は常に飄々として明るく誰にでもなつく様な性格だった。
「……もう良い」
深く溜め息を吐き、伊野尾から背を向けてドアに手を掛けた時、背中越しに軽い衝撃と暖かい体温が伝わった。
「……駄目!!……行かないで、、俺、高木が好きだ」
「だから、嫌われたくないよ……ッ」
背中に回された手が震えているのが伝わる。声も震えており、時折鼻をすする音が聞こえる。
高木は酷く困惑した。
衝撃の言葉を耳にしたからだ。
お互いに性格も正反対だし、会話もロクにしていなかった。だから、伊野尾が好きになるなんてあり得ない。
「伊野尾くん……何、を、」
戸惑いながらも、高木は下を向き泣きじゃくる相手に視線を移した。
「俺、伊野尾くんに好かれる所なんて無いよ……」
その言葉に更に伊野尾の大きな硝子玉が涙で溢れた。
「……あの日から……俺、高木に酷くされたいって……思う様になって、、、自分でも気持ち悪いって思ったけど……もう限界なんだ……」
伊野尾の話では、あの時のサプライズで高木がキレた演技を見て性的興奮を覚えたそうだ。
数日後、スタッフに頼んでその映像を持ち帰り何度も繰り返し観たとか、それでムラムラしたとか、普通にあり得ない事を申し訳なさそうにポツリポツリと話し出した。
「……ん、…好きになってゴメン」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら途切れる声で伊野尾が高木に向けた。
気が付いた時には高木はきつく自分より細い身体を抱き締めていた。
「…謝んなくて…良いから」
耳元で小さく囁く。
「……伊野尾くんの気持ち……気付かなくてゴメンな」
高木の言葉に緊張の糸がほどけたのか、伊野尾はその場で泣き崩れた。
高木はただ、黙って伊野尾を抱き締める事しか出来なかった。
それと同時に、こんなにも愛されて居たことに困惑と、もっと伊野尾の壊れていく姿を見てみたいと云う黒い感情が産まれた。
その日から、伊野尾と身体を重ねる事が多くなり、徐々に独占欲が高木の中で大きくなってきた。
「……高木……もう俺に飽きた?」
伊野尾の言葉に我に返り、その顔を覗き込んだ。
ひどくびくつきながら此方の反応を待っている。
「……いや、ちょっと昔の伊野尾くんを思い出してた」
「え?」
思いもよらない答えに伊野尾が目を見開いた。
その姿が可笑しくて、自然と口元が緩む。
「昔からそうだけど、ちょっと過敏過ぎなんだよ……俺が伊野尾くんを嫌うことなんて無いよ」
軽く唇に触れ、目の前の
ふわふわの髪を撫でまわした。
「高木……」
一瞬伊野尾の瞳が揺らいだが、直ぐにいつものへにゃっとした笑みを浮かべた。
少しずつ、距離が縮まりお互いに関係を重ねる事になったが、もうお互い居ないと駄目な存在になって来ているのは事実だ。
自然とお互いの唇が重なる。
その味はちょっとしょっぱく感じた。
end