斎藤御膳
□6.祈りを訊いて
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「戦が……戦が終わりますように、新たな戦が起きませんようにと祈っていたんです。でも、叶いませんでした」
斎藤の出陣が決まった。新たな戦の始まりだ。祈りは通じなかったのだ。
夢主が自分の願いを言い出せなかったのは、斎藤を否定してしまう気がしたから。
戦の否定は斎藤が成してきた事を否定する気がして、会津公の考えをも否定し兼ねない祈りを言い出せずにいた。
「ご安心ください、戦が始まれば私は城へ入ります。照姫様をお守りします。詣は、やめます」
夢主は涙を拭った。斎藤の身の安全を新たな祈りにしたかった。しかし新たな詣が斎藤の重荷になるなら、思い止まるのに十分な理由だ。
「ずっと祈っていたんです、こんな戦、早く終わればいいと。戦なんて大嫌いです。大切な人がみんな逝ってしまう」
初めて斎藤と出会ったあの日も祈っていた。出会う前から何度も、戊辰戦争の前から祈っていた。父が命を落とす前から祈っていた。
斎藤と出会って間もない頃、戦が嫌いだと言ったのは本音だった。嫌いな戦が無くなるよう、叶わなくとも何度もこの社に通い、願いを託した。終ぞ願いは叶わなかったのだ。
夢主は顔を覆った。
「今度は貴方の無事を祈りたいのに、それも叶いません。私の詣などたかが知れていますが、貴方の無事は、叶えたいのに……」
「夢主……」
夢主は顔を覆ったまま首を振って、涙を誤魔化した。
涙を堪える姿が悲しいほど痛々しい。この悲しみを終わらせる方法は一つ。斎藤が夢主の肩に手を置き、驚いた夢主は顔を覆う手を浮かせた。斎藤を見つめる瞳は優しく輝いて潤み、今にも涙が零れ落ちそうだ。
「俺は、生きて戻る。これまでも死地を生き延びてきた。戦か。俺が戦いを終わらせる。俺はな、望みは自分で叶えるのさ」
「斎藤様の、望み……」
「あぁ。生きて戻る望みだ。お前の望みもそうだと言うなら俺が叶えてやる。さて、お前に会いに戻ってもいいものか」
斎藤は身を削って案じる必要はないと、生還の自信を見せつけた。思い詰めなくて良い、斎藤にとって生きて戻るのは当然の事。
軽口に聞こえた夢主は、きょとんとして濡れた睫毛を何度も瞬いた。
「お前の顔を見に戻っても構わんか」
「あ、当たり前です、必ずお戻りください、生きて、お戻りくださいっ」
何て人なの。夢主の呆れは、余りにも頼もしい態度を見て喜びに変わった。こんな時に冗談を言えるなんて、呆れるほど楽しい人だ。
「ふふっ、本当に……生きてお戻りくださいね……」
目尻を拭い、夢主に笑顔が戻った。
「斎藤様の願いは何なのですか」
願いを叶えてくれると言う、貴方は何を願ったのですか。生きて戻るのが望みと言ったけれど、それは自分に話を合わせてくれただけ。それくらい分かりますと言いたげな、夢主が見せる誠実な眼差し。斎藤は何も言わずに見つめ返した。ん、と微かに眉が動くだけで、口元は引き締められたままだ。
「言ってください、私に出来ることでしたら致します」
力になりたいと夢主に必死な色が見え、斎藤の口元が弛んだ。出来ることはあるが、出来んだろうと言わんばかりに、弛んだ口角が上がる。
「斎藤様っ」
「そりゃあ、下心があるからな」
「えっ」
斎藤の願いを想像して、夢主の頭に一気に血が上る。出来ることなら致しますと言った自分を後悔した。
「や、やはり貴方はそうやって」
新選組隊士の男達の噂話を思い出し、モヤモヤが蘇る。言葉巧みに京の妓達を引き寄せていたのか。それとも京の妓達は駆け引きなど必要なかったのか。会津の堅気の娘相手だから言葉遊びを愉しんでいるのだろうか。
夢主の口が段々尖り始める。不機嫌さが見えて、斎藤はフッと笑った。
「勘違いするな、どうでもいい相手なら遠慮はせん」
「ぁ……」
「そうでは無いからこそ気を使い躊躇するってもんだ」
そうだろ、と斎藤は首を傾げた。
夢主は、どういう意味ですかと首を傾げ返す。
「それはその、つまり……」
「そういう事だ」
斎藤は咳払いを一つして、気まずさを打ち払った。
顔色一つ変えずにいるのは余裕からではなく緊張のせい。
らしくない己を見せまいと、気構えた結果だった。