-短篇

幕】宿敵に贈る宴
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夜の巡察で必ず待ち構えていると踏んだ斎藤の読み通り、抜刀斎は現れた。
昼間のことがあり、互いにいつもと面持ちが違う。

「抜刀斎も色気づいたか」

「貴様こそ、新選組の幹部は分別が無いらしい」

「フッ、貴様に言われたくはないな、通りを覗き見するような男に」

「何っ」

「屯所まで覗きに来るんじゃないぞ、さすがにそれは見過ごせん」

「ふざけるな!」

緋村が柄に手を置くが、斎藤は構わず一歩近づいた。
後ろに控える部下達に届かぬ声で、抜刀斎を煽る為に。

「悪いが、夢主は渡さん」

「斎藤ぉおおお!!」

斎藤が囁くと、緋村は咄嗟に抜刀した。
攻撃は予測していた。斎藤は難なく刃を受け止める。刀を抜く時は右手を使う斎藤、鞘から抜き切らない刀で受け止めていた。
最適の初手だが、この状態が続けば不利になる。
体を離すべく足蹴りを入れ、斎藤は抜刀斎を遠ざけた。

「ぐぅっ、ちっ」

らしくもなく、抜刀斎は蹴りをまともに受けた。
すぐさま立ち上がって構えるが、斎藤は余裕綽々、ようやく刀を左手に持ち変えたところだった。

「必死だな、抜刀斎」

「俺はいつでも本気だ!」

「フッ、夢主に対してもか」

「なっ、それは関係無いだろ!今はそんな話!」

「随分と熱くなるな、まぁいいさ。今は俺の相手をしてもらおうか、あいつに相手されたいならまずは俺からだ」

「調子に乗るな、斎藤一!!」

激昂した抜刀斎は一直線に飛び込んでいく。
斎藤と抜刀斎の、決着のない闘いが今宵も繰り広げられた。


それから数日後、夢主は馴染みの店で甘味を楽しみ、帰る途中だった。
いつものように斎藤と沖田が一緒だ。

「悪いが少し待っていてくれ」

「どうしたんですか斎藤さん」

「用を足してくる」

小便だと言って夢主を恥じらわせ、斎藤は路地に入り込んだ。
そう、ひりひりと鋭い視線を浴びての行動だ。

「なんのつもりだ、斎藤」

「それは俺の台詞なんだが」

狭い路地で抜刀の構えを見せる緋村に、斎藤は「阿呆か」と呟き、戦闘体勢を解かせた。
ここで闘う気はない。斬り合うなら夜の町だ。
無言で訴え、緋村もそれだけは同意見だと手をおさめた。
町屋の壁にそれぞれ背をつき、斜向かいに互いの顔を窺う。

「また覗きか」

「覗きなどっ、通りを警戒していただけだ」

緋村は身を乗り出すが、一人感情を露わにしていると我に返り、再び壁に背を戻した。

「ほぉ、この道を使って長州のお偉いさんでも逃げるのか」

「馬鹿にする気か」

またも斎藤に向かって身を乗り出してしまい、気まずそうに元の姿勢に戻る。
まるで相手が一枚上手のように感じ、緋村はきつく睨みつけた。

「警戒ねぇ、それは俺達の仕事じゃなかったか」

「やはり刀が必要か」

「おいおい、冗談だぜ。だが事実だろ」

言葉が通じないのならば斬り合うしかない。
話に応じようとした緋村だが、再び刀に手を掛ける素振りを見せた。
応じることに異存はない。
だが近くに夢主がいる。
斎藤は今は刀は無しだと再度訴えた。

「京の治安を守るのは俺達の仕事だ。だがそんな話をしに来た訳じゃない。貴様、夢主の周りをうろつくのはやめろ」

「言い掛かりだ、うろついてなど」

「気のせいならいいんだがな、あいつは優しすぎて困る。お前が近付くと夢主は辛い思いをする」

「夢主殿が」

「あぁ。もっと考えを働かせることだな、じゃあな」

「待てっ!何故夢主殿が、貴様こそ夢主殿をしっかり守れるのか!この先も、時代が変わってもか!」

「……フッ、随分と気に掛けてくれるな。あぁ、あいつのことは任せてもらおうか。それからお前は俺の敵だ。刀を抜くのは夜だ」

「言われるまでもない、貴様こそ首を洗って夜に出直せ。夢主殿の居場所はお前達のそばであってはならないんだ、必ず危険な目に合う」

「お前の傍なら安心だとでも言いたいのか、帝に弓弾いた長州の手先がよく言う」

今にも斬り合いが始まりそうな気がぶつかり合う。
殺るか、互いに殺気を放った時、通りから斎藤を呼ぶ声がした。

「斎藤さ〜〜ん、まだですかぁ、長すぎますよぉー!」

間の抜けた沖田の声に戦意を失う。
はぁと溜め息を吐くと、その隙に緋村が姿を消した。

「今夜こそしとめてやる」

呟いて夢主のもとへ戻った斎藤。
まだ視線があることを確信し、普段は取らない行動に出た。

「待たせたな、夢主」

「ふぇ、へっ、えっ、あぁっ、はぃ」

流し目のように目を細め、息がかかるほど顔を近づけて、遅くなったことを詫びた。
意味が分からぬ夢主は真っ赤な顔で目を回しそうになっている。

「何もないのに転ぶ気か、阿呆が」

「ぅえっ、だって斎藤さんがっ……ひぁあっ」

「転ばぬ先のなんとやら、支えてやるさ」

腰に手を置き、得意気に斎藤が言うと、感じていた視線は消えた。
やれやれと手を離す斎藤だが、今度は目の前の沖田が新たな殺気を放っていた。

「しまったな」

「何が、しまったな、ですか!斎藤さんんん!!べたべた夢主ちゃんに触らない!分かりましたか!あと近すぎるのも禁止、一番隊組長命令です!」

「阿呆臭い」

「斎藤さん!!」

「分かったよ、悪かったな、ついやり過ぎた」

夢主にしたのと同様、沖田に顔を近付けて斎藤は揶揄った。
なななっと怒る沖田を尻目に、斎藤は夢主の肩を押して先を促した。

「行くぞ」

「はっ、はぃ、沖田さんも行きましょう、あの」

いつもと違う斎藤に戸惑いつつ、夢主は沖田を怒りの先から呼び戻した。
沖田は怒って斎藤を追い越して行く。
斎藤は「やれやれ」と溢して夢主の隣を歩いた。いつもと立ち位置が逆だ。

目が合うと何やら得意気にフフンと笑う斎藤に、夢主は首を傾げた。
宿敵二人がまさか自分を巡って言い争っていたなど、夢にも思わなかった。



 * * *


お題「斎藤さんと夢主さんが両想いなのを知りつつ、夢主さんに惹かれてしまう抜刀斎。3人の三角関係。」

りえさん、リクエストありがとうございました!
 
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