斎藤一京都夢物語 妾奉公

□9.お留守番
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朝には心地良かった空気がいつしか肌に纏わる湿気を含んでいる。
部屋に戻った夢主は戸を開け放ったまま腰を下ろし、気を取り直して斎藤の袴を広げた。

「大きいなぁ〜・・・うふふ」

履いてみたくなるが、それで転んで傷みが広がっては冗談にならない。グッと堪えて状態を確かめた。
目立たない部分だが少し長めに引っ掛かった箇所がある。

「上手く直せるかなぁ・・・酷くはならないと思うけど・・・」

飛び出た糸を確認して、後ろから少しずつ針で突いて引き攣りを解していった。
暫く集中して手を動かしていると、どうにか形が見えてきた。

「うん、ここまで来たら何とかなるかな。お腹空いたしお昼でも・・・」

昼ご飯を頂こうと腰を浮かせた時、開けっ放しの部屋の入り口に人がいる事に気が付いた。

「きゃぁああ、お梅さん、なんで・・・」

「あらぁ、あかんかったぁ?それより、ほんまにお仕事。あったんやねぇ」

「は、はぃ、色々と・・・沢山・・・あります」

今は時間がないと伝えたかった。貴女と関わっていられないですと。
これ以上言葉を交わしてはいけない相手だ。

「斎藤はんのお直しやったら、確かに出来てへんかったらお首が飛びそうやねぇ」

クスクスと笑って言う。お梅は屯所に出入りしており、隊士達の顔名前を充分に把握していた。
お梅の冗談に夢主も我慢できず、二人でクスクスと笑い合った。そして少し間をおいてお梅が訊ねた。

「なぁ、なんでさっき、泣ぃてたん」

びくりとした。涙を流した所を見られていた。
突然流れた一筋の涙、お梅は合点がいかなかった。
気になり、ついて来てしまった。そして余りに集中していたので声を掛けられず、長い間眺めていたのだ。

「あの・・・」

何でも良い、嘘をつけば良のだ。
恐らくはそう遠くないうちに訪れる貴女の最期を知っている。それだけを隠せば良い。
だが適当な言葉が思い浮かばず、夢主はすっかり狼狽してしまった。

「もぅええわぁ、気にせんといてぇな。言いたくない事もあるやろなぁ・・・ふふ」

お梅は想像以上の優しい微笑をくれた。
心を握り潰されるような痛みを感じる。お梅を救う事はできない・・・こんなに優しい笑顔の人なのに。

夢主は苦しくとも笑顔をお梅に返した。
 
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