斎藤一京都夢物語 妾奉公

□36.文を囲んで
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毎日届く夢主の文、土方の手元に届くと皆で集まって読んでは誰かしらが文を貰っていった。

「なんだかんだ言っても土方さんは夢主ちゃんを気に掛けていますよね」

陣を張る場所が変わると、土方は新しい手紙の送り先を早飛脚で前川家宛に伝えていた。
入れ違いにならぬよう対応は早かった。

「土方さんは相当夢主を気に入っているからな、今は考えまいとしているようだが」

「そう・・・ですよね〜。僕嫌だなぁ、土方さんが恋敵になったら!」

沖田は伸びをしながら言った。

「土方さんが色男だからって言うのもありますけど、道場以外で土方さんと競いたくないんですよ」

沖田は遠くを見つめながらぼやいた。
張り合うのは剣術だけで充分。兄貴分の土方と不要な争いはしたくない。

「斎藤さんは」

「・・・うむ」

斎藤はどうだろうかと腕を組んで考えるが、そのまま返事をしなかった。

「斎藤さんは夢主ちゃんの事になると人が変わりますよね。まぁいい事なのかもしれませんが・・・斎藤さんも夢主ちゃんからの文をひとつ頂いてはどうですか」

沖田は笑顔で揶揄った。
斎藤はまだ夢主の文を手元に置いていない。

「別に文が欲しいとは思わん」

「そうですか・・・でも夢主ちゃんが文を書くなんて、これから先、なかなか無いかも知れませんよ」

「フン」

文よりも本人の方がいいだろう、とは言えなかった。

皆が到着を心待ちにするようになった夢主からの文。
大坂に入って数日後、届いた文にはいつもと違う文面があった。
文を開いた途端、土方の目が大きく見開かれたのが皆に見えた。

「おぉっ・・・『みな想う 明けてひとりの 朝餉どき』・・・夢主の野郎!句を詠んできやがった!」

土方は興奮気味に文を掴んだ。
皆も夢主の愛らしい句に目を細め口元を緩めた。

「こいつぁ、俺が貰うぜ!いいだろう」

歌や句が好きな土方は皆の返事を聞く前に、そそくさと手紙を懐にしまった。
ニヤリと悪戯に歯を見せて笑い、あっという間に去って行った。

土方が去った後、沖田はぽつりと句を繰り返した。

「みな想う 明けてひとりの 朝餉どき・・・可愛いなぁ、夢主ちゃん淋しいのかな。朝ご飯一人で静かなんだろうね、明けてって事は夜も淋しいのかな、不安じゃないかな」

夢主の姿を想像して、独り言のように呟いた。

「フン、余計な事を書きやがって」

斎藤は気が散ると嫌がってみせた。だが短い句でも夢主の様子が伝わり、心はほのかに温まっていた。
淋しがり屋の夢主の顔が思い浮かび、気付けば細い目を更に細くして顔を緩めていた。
 
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