斎藤一京都夢物語 妾奉公
□37.手土産
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「水だ」
戻った緋村は布団の横に水を置いた。
自らは元の窓辺へ戻ろうとするが、体が思うように動かせず荒い息を立てる夢主を見兼ねて手を貸した。
夢主の体を支えて起こし、座らせてやる。
「ほら」
「あの・・・ありがとうございます・・・」
熱のせいで微かに震える手で器を取り、少しずつ水を含んだ。
緋村は夢主が水を飲む様子を見ながら、何か考えていた。
「・・・緋村・・・さん・・・」
緋村はそう呼ばれ片眉をぴくりと動かした。
左手は無意識に鞘に置かれ、いつでも抜刀できる状態になっていた。
「ぁの・・・こんなじゃ何も・・・できないし・・・刀・・・」
夢主に言われるまま緋村は手を離した。
飯塚が無防備に放り投げていったのだ、俺の勘通り何も出来ない女なのだろうと。
「なぜ俺の名を知っている。緋村・・・もうひとつ、無意識の中で呼んでいた」
夢主は申し訳なさそうに頷いた。
・・・剣心は・・・人斬りの今でもやっぱり心を持っている・・・刃衛と違って怖くない・・・逃げ出せるとしたら・・・剣心の力が・・・
夢主は顔を逸らして考えた。
緋村から逃げ出すのは不可能だ。だが、彼の協力を得れば確実に逃げられる。
・・・飯塚さんが・・・言ってた次の引き受け先・・・見つけてくるまでの二、三日・・・それまでに逃げなきゃ・・・
どうすれば緋村の信頼が得られるか、夢主は考えていた。
「ぁの・・・」
「答えろ」
「それは・・・私・・・・・・色々と分かるんです・・・」
「分かる・・・?」
「全部では無いんです・・・間者じゃないですよ、それで新選組でも随分な目にあったんですから・・・」
夢主が落ち込むのを訝しみながらも、新選組という言葉に反応し緋村は質問を投げ掛けた。
「新選組の連中は俺を知っているのか。奴らに聞いたのか」
夢主はゆっくりとだが何度も首を振った。
「違います・・・あの人達は何も知りません・・・今は・・・。緋村さん、その傷。若いお侍さんにつけられたのでしょう。祝言を・・・控えた・・・」
夢主の言葉に緋村は体が跳ねた。
背筋を冷たいものが走り、左頬の傷が疼く。
あの日から幾日も過ぎると言うのに、消える気配の無い傷をとても気にしていた。