斎藤一京都夢物語 妾奉公
□37.手土産
9ページ/9ページ
「何故この傷の事を知っている」
「だから・・・分かるんです・・・あなたのお師匠様は・・・比古清十郎・・・十三代目・・・あなたは師匠と喧嘩別れして飛び出してきた・・・」
緋村は息が詰まったように口を閉じ、生唾を飲み込んだ。
・・・師匠の事は誰も知らないはず・・・っ・・・
「緋村さん・・・お師匠様の所に・・・帰ったほうがいいです・・・このままだと・・・心にも体にも消えない傷が・・・その頬の傷も・・・」
夢主は哀しそうに緋村を見上げた。
緋村はすっかり驚いて夢主を見つめている。
飯塚が連れてきた、ただの厄介事だと思っていたものが、何故この女はやたらと詳しいのか。
驚きの顔が怪訝に染まり、再び刀に手を掛けるべきか心に迷いが生じる。
夢主はそんな思いを知らず、肩で息をして緋村を見つめ続けている。
「・・・最後に・・・お布団を濡らしたお話も・・・知ってますよ・・・十一歳ってつい最近ですよね・・・」
夢主は辛そうながらも悪戯な笑顔を作った。
この話は師匠しか知らないと緋村自身が語っていたからだ。
「なっ!!なぜその話を!!まさかお前は師匠の連れか?!」
緋村は顔を赤くして叫んでいた。
師匠の連れならば都合が悪い事この上ない。だが多少の合点はいく。
あの男が今更女を囲うなど考えられないが、万一そうならば、知れたら殺されるのは確実。
女に対するこのような仕打ち、剣の使い道を誤れば、師匠は容赦無い男だ。
緋村は焦って夢主を見た。顔に嫌な汗が浮いていた。
「ふふっ・・・違います・・・よ、会ったこと・・・ありませんっ、ぉほっ!」
話し過ぎて喉が痛み、夢主がむせて体を丸めた。
「大丈夫か・・・分かった・・・ほら、もう一度水を飲め。お前がどこかの間者で無い事は・・・厄介な事だけは分かったよ」
緋村は何が真実か分からず混乱していた。
困った顔ながらも夢主の背中を擦っていた。
「この事は・・・私があなたの事・・・詳しいの・・・飯塚さんに伏せてください・・・お願いします・・・」
「あぁ」
緋村は申し出を承諾した。自分の昔話をあの人に知られて何も良い事は無い。
「お願い・・・します・・・新選組に返して・・・下さい・・・」
夢主は一番の願いを伝え、緋村に縋った。
だがこの願いには緋村は眉間に皺を寄せた。そして辛そうな夢主の体を布団に横たえさせた。
「それは無理だ・・・とにかく寝ろ」
無理と言うが、初めの態度からは大分柔らかい物腰に変わっていた。
「剣心・・・」
優しい声に、思わず剣心と呟いてしまった。これには緋村も眉をひそめた。
「っす・・・すみません・・・少し・・・休みます・・・」
「あぁ・・・どのみち、その体では連れ出せん」
夢主は素直に頷いて目を閉じ、熱と疲労ですぐに深い眠りに落ちていった。
「全く厄介だ・・・・・・。名前を・・・聞いていなかったな」
緋村はようやく元居た窓辺に戻り、いつも通りの落ち着いた様子で刀を抱えた。
「もう少し話を聞く必要がありそうだ・・・」
そう呟いて緋村も目を閉じた。
夢主の苦しそうな寝息がやけに耳に付いた。