斎藤一京都夢物語 妾奉公

□37.手土産
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「何故この傷の事を知っている」

「だから・・・分かるんです・・・あなたのお師匠様は・・・比古清十郎・・・十三代目・・・あなたは師匠と喧嘩別れして飛び出してきた・・・」

緋村は息が詰まったように口を閉じ、生唾を飲み込んだ。

・・・師匠の事は誰も知らないはず・・・っ・・・

「緋村さん・・・お師匠様の所に・・・帰ったほうがいいです・・・このままだと・・・心にも体にも消えない傷が・・・その頬の傷も・・・」

夢主は哀しそうに緋村を見上げた。
緋村はすっかり驚いて夢主を見つめている。

飯塚が連れてきた、ただの厄介事だと思っていたものが、何故この女はやたらと詳しいのか。
驚きの顔が怪訝に染まり、再び刀に手を掛けるべきか心に迷いが生じる。

夢主はそんな思いを知らず、肩で息をして緋村を見つめ続けている。

「・・・最後に・・・お布団を濡らしたお話も・・・知ってますよ・・・十一歳ってつい最近ですよね・・・」

夢主は辛そうながらも悪戯な笑顔を作った。
この話は師匠しか知らないと緋村自身が語っていたからだ。

「なっ!!なぜその話を!!まさかお前は師匠の連れか?!」

緋村は顔を赤くして叫んでいた。
師匠の連れならば都合が悪い事この上ない。だが多少の合点はいく。
あの男が今更女を囲うなど考えられないが、万一そうならば、知れたら殺されるのは確実。
女に対するこのような仕打ち、剣の使い道を誤れば、師匠は容赦無い男だ。

緋村は焦って夢主を見た。顔に嫌な汗が浮いていた。

「ふふっ・・・違います・・・よ、会ったこと・・・ありませんっ、ぉほっ!」

話し過ぎて喉が痛み、夢主がむせて体を丸めた。

「大丈夫か・・・分かった・・・ほら、もう一度水を飲め。お前がどこかの間者で無い事は・・・厄介な事だけは分かったよ」

緋村は何が真実か分からず混乱していた。
困った顔ながらも夢主の背中を擦っていた。

「この事は・・・私があなたの事・・・詳しいの・・・飯塚さんに伏せてください・・・お願いします・・・」

「あぁ」

緋村は申し出を承諾した。自分の昔話をあの人に知られて何も良い事は無い。

「お願い・・・します・・・新選組に返して・・・下さい・・・」

夢主は一番の願いを伝え、緋村に縋った。
だがこの願いには緋村は眉間に皺を寄せた。そして辛そうな夢主の体を布団に横たえさせた。

「それは無理だ・・・とにかく寝ろ」

無理と言うが、初めの態度からは大分柔らかい物腰に変わっていた。

「剣心・・・」

優しい声に、思わず剣心と呟いてしまった。これには緋村も眉をひそめた。

「っす・・・すみません・・・少し・・・休みます・・・」

「あぁ・・・どのみち、その体では連れ出せん」

夢主は素直に頷いて目を閉じ、熱と疲労ですぐに深い眠りに落ちていった。

「全く厄介だ・・・・・・。名前を・・・聞いていなかったな」

緋村はようやく元居た窓辺に戻り、いつも通りの落ち着いた様子で刀を抱えた。

「もう少し話を聞く必要がありそうだ・・・」

そう呟いて緋村も目を閉じた。
夢主の苦しそうな寝息がやけに耳に付いた。
 
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