斎藤一京都夢物語 妾奉公
□49.池田屋事件
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土方を先頭に走る斎藤達がようやく池田屋に到達したのは、池田屋での戦いも佳境に入った頃だった。
数で劣り、圧されつつあった近藤達を助太刀すると、あっという間に形勢は逆転、残った浪士達を追い込み、一斉に捕縛を始めた。
「逃げた浪士を追え!探し出すんだ!負傷者は手分けして屯所へ運べ!!」
土方の号令でそれぞれの役目を受け、動き出す隊士達。
負傷者として運ばれる隊士の中には沖田と藤堂の姿があった。
「大丈夫です、僕は歩けますから」
戸板を用意される沖田だが、強がって平気だと一人で歩いて見せた。
暫く休息を取れた事で体は随分回復していた。
足取りはしっかりしており、土方も帰屯命令を出せなかった。
「ね、僕も不貞浪士の探索をしますよ」
「無理はするなよ」
土方に念を押された沖田はいつもの笑顔で頷いた。
一方の藤堂は額に傷を負い、鉢金を辿るように血が滴っている。
中庭で逃げ出す複数の浪士を相手に奮闘したが、物陰に潜む浪士に不意をつかれ眉間目掛けて斬り付けられてしまったのだ。
辺りを警戒していた斎藤が、額から血を流す藤堂を見て寄ってきた。
「大丈夫だ、傷は深くねぇよ」
藤堂も強がって戸板に乗るのを拒んでいるが、大事を取れと近藤に諭され渋々戸板に横たわっている。
「あぁー夢主の言う通り鉢金外さなくて良かったぜ・・・やばかったなぁ、まさかあんな所に隠れてるなんてよ」
「フッ、命があっただけ良かったな」
事情を知る斎藤に小声で愚痴ると藤堂は運ばれていった。
「さぁて。俺は逃走した浪士を追い詰めるか」
斎藤はニィと笑い、新選組の仲間と駆けつけた会津藩士達と共に、市中へ逃走した不逞浪士の一掃に向かった。
探索は明け方まで続いた。
やがて日が昇り、隊士達の血に染まった浅葱のだんだら羽織が、眩しい朝日に鮮やかに照らされる。
顔から羽織まで血塗れた男達が揃い歩く光景は異様であった。
道の傍らで見つめる京の町人達はひそひそと恐れ囁き、また逞しい男達の功績を称えたりと様々な反応を見せている。
中には黄色い声を上げる若い娘達も見受けられた。
ただ、みな距離を置いて凱旋する新選組の隊列を眺めていた。
その屯所への道すがら、斎藤はある視線に気が付いた。
歩きながら受ける体中に突き刺すような痺れる感覚。心地良い剣気の籠った視線。
斎藤がその元を辿り横目で意識を脇へ移すと、顔を隠して深く笠をかぶる小柄な男を見つけた。
顔を隠しているが、その男が斎藤を確認する為に顔を上げた時、二人の視線がぶつかった。
互いにその存在を認識すると、斎藤は挨拶代わりにニヤリと顔を歪めた。
赤い髪の相手の男は顔を僅かにしかめると、静かにその場を立ち去った。
「どうしました斎藤さん?」
「いや・・・何でもない沖田君」
・・・あの男・・・長い付き合いになりそうだ・・・
目が合った瞬間、斎藤も、立ち去った赤い髪の剣客も、互いに全く同じ印象を抱いた。
ただし斎藤の方が二人が至る関係に血騒ぐ期待を感じていた。