斎藤一京都夢物語 妾奉公

□64.雪の帰り道
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土方が話していた『あて』とは西本願寺だ。
それを巡って山南と意見が対立した。
強引に乗り込むように話を進めるのだから、穏やかな山南が非難するのも頷ける。

沖田は正直屯所が広くなるならどこに移ろうが構わなかった。
難しい話は任せている。夢主が一緒ならそれでいいとさえ考えていた。
だが大事な二人がぶつかり合う姿を見るのは辛かった。

「仲良く出来たらいいのに・・・」

互いに助け合い、高めあってきた仲間なのに。何故ここまでぶつかるのだろうと沖田は悲しんだ。

沖田は山南の部屋へ向かったが、先客がいた。
部屋に近付くと、中から珍しく楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
その顔を見たい、声を掛けて入ろうと歩みを速めるが、話し相手の先客が伊東であると気が付いて沖田は足を止めた。

・・・あの二人が揃ったら小難しい話をしているに違いないな・・・僕はいいや・・・

京に戻った近藤が、教養があり実に博識なお方だと自慢げに伊東を紹介してきた。
そんな人物相手に挨拶だけでは済まされない気がした沖田は、体の向きを変えた。
部屋を離れようとしたが、中から土方を揶揄する声が耳に届き、思わず固まってしまった。

・・・危うく殺気を出して悟られる所だ・・・いや、もしかして僕に気が付いて伊東さんはわざと・・・

伊東の笑い声と山南の困った笑い声・・・山南の部屋を一瞥して、静かにその場を離れた。


部屋に戻った夢主と斎藤は、沖田と土方のやり取りから屯所の話に移っていた。

「屯所・・・移るんでしょうか・・・」

「さぁな、確かにここはもう狭いし、仮のままずっと借り続けているようなもんだからな」

「そうですよね・・・」

移転の話を知っているが訊ねてしまった。
夢主は今のこの場所を気に入っていた。周りは畑で落ち着いている。八木家の人も前川家の人もみんな優しくてすっかり馴染みになっていた。

「お世話に、なりましたね・・・」

「あぁ。まだ決まったわけではないがな」

「・・・はぃ」

斎藤も壬生村を気に入っていた。夢主が気に入っているのも感じる。
だが屯所の移転は避けられない。夢主も覚悟しているようだ。その姿から、そう遠くない移転の日を予感した。

西本願寺。はっきりした記憶はないが、夢主は確かに一度訪れたことを覚えていた。
きっとたいして興味の無い年頃に訪れたのだろう。幼い頃か、学校の修学旅行で行ったのか、ただ広い、とてつもなく広い・・・そんな印象だけが残っていた。

「私少しだけ覚えています。とっても広いお寺でした・・・」

「そうか」

「斎藤さんも行ったことが・・・」

「あぁ。以前陣を張ったこともあるしな。あそこは長州の連中を匿ったりしているからな、何度か行ったことがある。確かに広い。土方さんが目をつけるのも頷ける」

斎藤は納得顔で腕を組んだ。

「お部屋とかどうなっちゃうんでしょう・・・私、少し不安です・・・」

今はこうして斎藤の部屋で安心して過ごせる。沖田や土方の部屋にも叫べば声が届く距離だ。
広い場所に移って部屋割りはどうなるのだろうか。自分の居場所はあるのだろうかと気掛かりだった。

「大丈夫だ、土方さんは上手い。しっかり考えてくれるさ」

「はぃ・・・」

「俺の部屋に来たいか」

「えっ・・・」

斎藤の誘いに紅潮して戸惑うが、今も同じ部屋に暮らしているのだから何を戸惑うことがある。
夢主は必死に自分に言い聞かせた。特別な意味など含んでいないと。

「はっ、はぃっ、そのっ・・・・・・斎藤さんのおそばがいいです・・・」

そばで声を聞いていたい。たまに見せる優しい眼差しを見ていたい。存在を感じていたい。
夢主は消え入りそうな声で素直に願いを届けた。

斎藤は願いをしかと受け取った、そんな頼もしい顔で深く頷いた。
 
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