斎藤一京都夢物語 妾奉公

□65.伊東の値踏み
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「夢主さん、貴女をもっとよく知りたいの」

「えっ・・・」

話しながら一歩近付いた伊東を警戒して、夢主は胸に抱えた羽織を強く抱きしめた。
後ろは障子、もたれられない。

「貴女、お酒は?今宵斎藤さんとご一緒するのよ」

「今夜ですかっ、斎藤さんと・・・」

「えぇ。貴女、斎藤さんにお世話になっているのでしょう」

「はぃ」

「それはどういった関係なのかしら・・・」

更に一歩近付くと夢主の表情を確認するように顔を寄せた。にんまりと極めて細い瞳、にこやかな笑顔は相変わらず。
しかし夢主は変化のない伊東の表情に怖さを覚えた。

「あの・・・」

「まぁいいわ。今夜、ご一緒に如何かしら」

「私、お酒は・・・」

「あら」

伊東は顔を離すと背筋を伸ばし、扇を下ろして笑顔を消した。
初めて真顔を見せ夢主を見下ろす。

「残念ね。まぁ、また何れ・・・機会を設けましょう」

そしてニヤリと微笑んだ。もう一度にこやかな笑顔に戻ったのだが、夢主には歪んだ笑顔にしか感じられなかった。
今度は断ることは許しませんと、伊東の無言の圧を感じる。
恐怖に怯えて黙って頭を下げると、伊東はふいっと体の向きを変え去って行った。
去り際、羽織の裾が夢主の体をかすめた。

夢主は少しだけ顔を上げて、立ち去る姿を見送った。羽織を大きく翻し、角を曲がって姿を消す。
伊東が自分に感心があるのは明らかだった。


見かけた小姓に直した羽織りを手渡して、夢主は部屋に戻った。
最近、土方をはじめ、幹部達の周りを動いて世話をする小姓が幾人かいるのだ。
平隊士同様、極力関わらないよう言われているが、直しの終わった着物や洗濯物の受け渡しで時折声を掛けていた。

戻った部屋では、さっぱりとした顔で斎藤が立っていた。
ちょうど着替えを済ませた所だ。

「斎藤さんっ!お稽古お疲れ様でした・・・」

「あぁ。・・・どうした」

部屋にいる自分の姿に驚き、元気なく挨拶をして座り込む夢主に、斎藤が首を傾げた。

「いえ、縫い物を頼まれました。伊東さんに・・・それは構わないのですが・・・失敗したらどうしようって緊張してしまって・・・」

「そうか。仕上がりを気にするくらいなら、はなから頼むまい。それから」

「えっ」

「それから、あとは何だ」

一つ目の気掛かりを口にし、まだ頭の中で考えているだろうと、別の事柄をさっさと話せと催促した。

「あの、斎藤さん今夜伊東さんとお酒を呑まれるんですか・・・」

「今夜か。そうか、動くのが速いな。確かに誘われた。今夜とは思わなかったがな」

「今夜と仰ってました。それで、一緒にどうかと誘われて・・・」

「受けたのか」

夢主が小さく首を振るのを見て斎藤は安堵し小さく息を吐いた。

「でもいずれ必ずと、そんな様子でした。どうしよう、斎藤さん・・・」

「もし酒席があれば俺か、誰かお前が信頼できる人物を必ず傍に添える。安心しろ」

「・・・はぃ」

斎藤の声に安心してようやく顔を上げた。
 
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