斎藤一京都夢物語 妾奉公

□65.伊東の値踏み
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「斎藤さんのお稽古着、私が洗ってきます」

着替え終えて畳の上に置かれた斎藤の道着に目を留めて、夢主は申し出た。

「いや、構わんよ。その辺の奴に預けてくるさ」

「いえ、洗物をしたら気分が変わる気がして」

だから私にやらせて下さいと微笑んだ。

「そうか、なら頼む。だが水は冷たいぞ」

「構いませんっ、ふふっ」

嬉しそうに自分の稽古着を抱え上げる夢主を見て斎藤も笑った。
汗臭いぞと言いかけてやめる己も可笑しかった。

「行ってきます」

「あぁ、頼んだ」

夢主を見送り斎藤が一息つこうかという時に、伊東が訪れてきた。
すんでのところでの入れ違いに、斎藤もひやりとするものを感じた。
ゆっくり対面するのは、もう少し伊東の人物を知ってからが良い。

「あら、あの夢主とか言う娘はいないのね」

「えぇ、頼み事を致しまして」

「そうですの、残念だわ。私からも頼み事がありましたのに」

伊東は手にある着物を斎藤に静かに差し出した。自ら届けに来たのだ。

「夢主さんにお渡し願えるかしら、話は通じると思うわ」

「わかりました。お預かりいたします」

斎藤が着物を受け取り、しかるべき場所に置くのを見ながら伊東は口を開いた。

「お酒のことですけど」

「はい」

「今から行きましょう」

「今からですか」

「えぇ。都合悪いかしら」

伊東の突然すぎるうえに、有無を言わせぬ勢いの誘い。
さすがに驚く斎藤だが、伊東の楽しげな含み笑いに気を良くすると、ニヤリと口角を持ち上げた。

「構いませんよ、行きましょう」

・・・胡散臭いが面白い男だ。今すぐにでも斬りたくなるぜ・・・

斎藤は伊東が上品に微笑むその奥に、いつでも殺気を抱えていることに気が付いた。
その上で、今は伊東の手の平の上に乗ってやろうとほくそ笑んだ。
 
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