おつまみ
□幕】土方歳三 おてんばな君
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「お前・・・」
「歳三・・・さん」
「今更、さん、はねぇだろ」
歳三が眉をしかめると娘は対照的に眉尻を下げ苦笑いを見せた。
「許してくれるのなら・・・だって歳三はすっかりお大尽の息子だもの」
「何だよそりゃ」
どうしてこんなに照れくさいのか。
あんなに憎たらしくて仕方のなかった娘と向かい合い話すうちに、歳三はもやもやとくすぶるものを感じ、思わず娘の顔から目を逸らした。
ずっと再勝負をしたくて仕返しをしてやりたくてたまらなかった筈だ。
歳三は照れた顔のままぶつぶつと自分の気持ちを口にする。
そんならしからぬ歳三の姿に、娘はくすくすと肩を揺らし始めた。
「何でぃ、笑うこたぁねぇだろう」
「だって、久しぶりに姿を見たと思ったら・・・」
娘の笑いはおさまらず、必死に堪えようと頑張る目尻には涙が浮かんでいた。
「笑い過ぎだろう」
「ずっと歳三の姿を見なかったから心配してたのよ、これでも」
「そうは見えねぇぜ」
「だって、話を聞けば『あそこの店を三日で飛び出した』だの『あっちでは女中を孕ませて追い出された』だの、ろくな話を聞かないんだもの」
「そいつぁ全部でたらめだぜ!!」
「そうなの、でも女の人と歳三の話は山の様に聞いたわよ、女中さん以外にも沢山」
「全部作り話だ、俺は知らねぇ!!喧嘩に負けた奴等の仕業だろ」
「喧嘩はしてるのね、相変わらず・・・」
娘は昔、歳三や近所の悪ガキ達が集まり、やり合っているのを何度も目にしていた。
その度に怪我をした歳三が強がって黙ったまま通り過ぎて行ったものだ。
「喧嘩は男ならするもんだろう。お前はさすがに大人しくなったようだな」
歳三は目を落として足先から視線を上げていき、成長した女らしい娘の綺麗な立ち姿に戸惑いを覚えた。
胸元を緩め、裾を肌蹴て走り勝負した頃が嘘のようだ。
「あの時は子供だったもの。あなたが土方家のご子息とは知らなかったし、そういう人に喧嘩を売っちゃ駄目だって知らなかったから。村で一番の悪ガキに勝ってやろうって、それしか考えて無かったわよ」
「喧嘩ねぇ、まぁ、ありゃあ喧嘩じみだ勝負だったなぁ」
「私、速かったでしょ」
「そりゃあ、まぁ速かったのは認めるが、あれはずるかったぜ」
泥濘の存在を知っていた事と、その後逃げて一切勝負をしてくれなかった事、そして口を利いてくれたと思ったら女になっていた事。
歳三は全てがずるいんだと、娘を見つめた。
あの頃と比べて、更に体躯の差が表れていた。
・・・こんなにも、小さいものか・・・
「許してくれるかな」
上の空になった歳三に娘が悪戯に小首を傾げ微笑むと、歳三は我に返り息を呑んだ。
きっと自分の頬は今赤く染まっているに違いない。歳三は誤魔化すように悪ぶって睨みつけるが、たおやかに見上げる娘にその目つきも弱まってしまった。
「許すも何も、子供の遊びだろう」
今は互いにすっかり大人だ。確認し合うように、二人はそれぞれ目の前の顔を眺めた。はたと目が合い、歳三はまたも顔を逸らしてしまった。
「ねぇ、許嫁が出来たんでしょう、お琴さん・・・聞いたわよ、おめでとう」
「おぉ、そいつは・・・ありがとう」
礼を述べたものの、気まずい静かな時間が流れて行く。
この心地悪さは何だ、歳三は娘の顔を見れず俯いたまま続けた。
「それも周りが勝手に決めたんだ。俺は・・・武士になりてぇんだ。嫁なんて、今はそんなつもりはねぇ」
「そうなのね」
くすりと娘が漏らした笑みに顔を上げると、歳三にはその笑顔がどこか か細く見えた。
幼い頃は娘の笑う顔を見た事がなかった歳三、笑顔を見つめ返せなかった。