斎藤一京都夢物語 妾奉公
□90.密偵、酒宴
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「どうした、珍しいな」
珍しい訪問者に、土方は文机の前で顔だけ振り向いた。
「土方さんこそ、この忙しい暮れに屯所にいるなんて珍しいです」
「そんなこたぁねぇだろう。で、どうした」
「はい・・・土方さん、率直にお聞きしたいんです・・・いいですか」
「何だ、言ってみろ」
土方は夢主に向き直ると胡坐を掻いた。
神妙な面持ちに嫌な予感を覚える。
「斎藤さんのこと・・・土方さん、もしかして何か特別なことを・・・任務を頼んだのでしょうか」
「任務か」
土方は腕を組んでそのまま口を閉ざした。夢主は気まずい視線に戸惑いながら、視線を自分の手元と土方の間で行き来させている。
すると組んでいた土方の腕が解かれ、左手で顎をいじりだした。見覚えのある癖に夢主は眉を寄せた。
「特には何も、あいつに頼むことと言えばいつも通りだぜ」
「そうですか・・・」
土方は話してくれない。
斎藤に言い付けたであろう伊東の懐への潜入が、自分には知らせされないと悟り腰を上げた。
話さないと決めているなら幾ら揺さぶりをかけても無駄だ。
「夢主」
「はぃ」
「お前の記憶は正しいだろう」
「は・・・はぃっ」
夢主を呼び止めた土方は大きく頷き、何かを伝えようとした。
斎藤はこの日、戻らないのだ。
伊東や永倉達と島原へ繰り出して泊り込む。斎藤の為に用意した物は無駄になってしまう。
しかし、斎藤にとって大事な役目の時がやってきたのだ。
夢主は自らに言い聞かせ、重い足を運んだ。
「夢主ちゃん・・・?」
「沖田さん・・・お祝い、やめました」
「えっ、どうしてっ」
「だって歳を取るのってやっぱり嫌です、もう私もそういう年頃では・・・」
「何を言うんですか、夢主ちゃんにとっても大切な日なのでしょう、確かに斎藤さんが決めたと言うのは不服かもしれませんが・・・」
「ふふっ、ありがとうございます沖田さん、大丈夫ですから。沖田さんのお祝いも、改めて・・・」
にこりと微笑み、有無を言わさず自室へ籠もり襖を閉じてしまった。
沖田は夢主を止めようとした手を宙に浮かせたまま、名を呼べなかった。
一方の島原では、伊東に呼び出され集まった男達が酒宴を繰り広げていた。
心地よく酒に浸り、互いに入り乱れ酌をし合って騒いでいる。
「いやぁ斎藤さんが来てくださるとは思いませんでしたよ」
「えぇ、たまには屯所から離れて自由に呑みたいものですからね。あそこの空気は堅苦しくていかん」
「そうですね、たまには羽目を外しませんとね!さぁさぁどんどん酒を運んでくださいな!」
伊東の一声で集まった男達は笑い声を響かせ、酒の入った器をどんどん空にしていった。
「フン、いい気なもんだ」
あっという間に酔い乱れる男達の姿を嘲り笑い、斎藤は一人で呑んでいた。
唯一落ち着いて酒を愉しむ斎藤を見て、伊東が寄ってきた。
「どうかされました、斎藤さん」
「いえ、なかなか酒が回らないものでしてね、皆、随分と酔っていますね」
「そうねぇ、折角ですもの、それぞれに馴染みの女でも呼んでみてはいかがでしょうか」
冷静な男を酔い乱したい。心の内を曝け出させ、隙あらば付け込む。
深酒をさせるには女を使えばよい。斎藤が女と乱れて夢主との信頼が崩れたら一石二鳥。
素晴らしいことを閃いたと手の平を合わせて声を張る伊東だが、斎藤は冷静に返した。
「馴染みなど、俺にはいませんよ伊東さん」
「ほほっ、そうでしたかしら。まぁ馴染みがいないと言うのでしたらこちらで適当に呼びつけましょう」
「こんな年末年始に出てくる者などいないでしょうよ」
「さぁ・・・分かりませんよ、貴方だって懐かしい太夫に会いたいのではありませんか、貴方に会いたがっている女はいると思いますけども・・・」
「・・・あいにく記憶にありませんね」
「そうでしたか、それは残念」
含み笑いで斎藤を横目に捉え、伊東は女達を呼ぶ準備を始めた。
店の者に託す逢状の中に、桔梗屋相生太夫宛のものが含まれていた。