斎藤一京都夢物語 妾奉公
□90.密偵、酒宴
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屯所では結局、斎藤が戻らないまま年は明けてしまった。
新年の挨拶もそこそこに、夢主は自室に籠もり、時が過ぎるのを待っていた。
めでたい日に気が緩む隊士は多く、あちこちで騒がしく歓談している。
やがて部屋で大人しく座していた夢主の耳に、隊士達の噂話が届いた。
島原に居座る伊東達が女を呼んで騒ぎ始めたと言うのだ。
「そんなこと、あるはずない・・・」
記憶ではそんな乱れた酒席ではなかったはず・・・
夢主は隊士達から隔離された部屋で呟いた。
しかし聞こえる噂は落ち着くどころか、どんどん過激になっていく。
堪らず部屋から出て姿を見せると、我に返った隊士達が慌てて立ち話をする場所を変えるのだ。
それでも夢主が井戸や厠へ行くたび噂は耳に届いた。
規律の厳しい中で幹部が揃って違反している事態が面白く、気を惹かれるのだろう。
平隊士の間には島原の噂が充満していた。
夢主は不機嫌な顔で、久しぶりに針仕事に専念して嫌な噂から離れようと試みた。
預かり物の羽織を開いてみるが、大きな溜息が出てくるだけだった。
年の暮れに預かった斎藤の羽織。
あまり着る機会がない一枚だからと放っていた傷みを、そろそろどうにかしたいと夢主に頼んだのだ。
「もぉ・・・違うんだから。・・・多分・・・」
ぶつぶつと愚痴りながら針を動かすが心が落ち着かず、仕事が捗らない。
ついには指に針を刺してしまった。
「痛っ・・・もぉ!!だいたいこの羽織っ!」
八つ当たりするように羽織を引っ張ると、ほつれている箇所が音を立てて更に開いてしまった。
当然の結果に落ち込み、夢主はそっと針を置いた。
「ごめんなさい・・・」
姿の無い持ち主に謝って頭を垂れていると、くすくす笑い声が聞こえ、間もなく廊下に面する障子戸から沖田が入ってきた。
「随分とお悩みですね」
「悩んでなんか!もう、知らないんです、斎藤さん達なんて・・・」
聞かれもしないのに、夢主はぶつぶつ独り言の様に愚痴の続きを沖田に話し始めた。
酒を呑むだけでは飽き足らず、女達を呼びつけ無理矢理呑ませ、酔わせては入り乱れて無体をしている。
最終的に夢主の耳に届いた噂はそこまで膨らんでいた。
そんなの嘘に決まっていると分かっているが、想像を膨らませては苛立ちを募らせた。
「あはははっ、分かりました分かりましたっ。ちょっと落ち着いてください、僕からも土方さんに言いますから。確かにそろそろ連れ戻してもらわないと・・・色々と不穏な空気が流れ始めていますからね」
「不穏な・・・」
「まぁ色々と。ねぇ夢主ちゃん、少し確認したいことがあるんですけど・・・教えてくれますか。正直に・・・答えてくれると助かるんだけど」
「確認したいこと・・・何でしょう、答えられるお話でしたら何でも・・・」
沖田はにこりと笑顔を作って目の前に正座した。
そして以前からいつかは訊ねなければと思っていた事柄を夢主にひとつずつ確認し始めた。
話が終わり、全て納得がいった沖田は清々しい顔をしている。
「ありがとう。一人・・・僕のことを話しておきたい人がいるんです。いいかな。これからどうするのか、相談するには話さなければ」
「はい・・・沖田さん自身のことですから、私には何も言えません・・・」
「良かった。じゃぁひとまず、島原の困った人達の件を土方さんに相談してきますね」
「はいっ、お願いしますっ!本当に困った人達ですからっ!!」
少しだけ思い出した怒りを言葉に込めて、斎藤達の一件を沖田に託した。