斎藤一明治夢物語 妻奉公
□3.白い小袖の女
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やがて斎藤が膳を手に戻ってくると、夢主はごそごそ布団から這い出た。
急に動かなければ強い痛みは起きないようだ。
「ひとついい事を教えてやろうか」
「はぃ・・・」
「俺は女を抱いたのはお前が初めてだぞ」
「えぇっ、」
箸を手に食事を始めようとする夢主を斎藤の言葉が止めた。
予想通りの面白い反応を斎藤はにやにやと眺めている。
「嘘ですっ!」
思わず体を起こし、体の奥が再びズキンと痛んだ。
「阿呆ぅ、いいから大人しく座ってろ。そこまで驚くことは無かろう」
「だって絶対に嘘ですもん、一さんだって心当たりあるくせに!」
「ハハッ、そこまで言われるとは厳しいな。まっ、正確には惚れた女を抱いたのは初めて・・・だな。女に惚れたのは初めてだと言っただろう、最初で最後とな」
朝に似つかわしくない低く艶のある声が、夢主の体の芯をズキズキと響かせる。
「もぅ・・・変なことばっかり・・・」
「全て本当だ」
意識しているのか落ち着いた低い声で話す斎藤。
色気を含んだ低い声に反応し、昨夜斎藤を感じた場所がジンジンと疼いた。
「その・・・痛むから止めて下さい」
「ほぅ、お前はこういう言葉でもそこに響くのか」
「だっ、だからっ、違いますよ!吃驚したら体が急に動いちゃうじゃありませんか、だからですよ・・・痛いのは・・・」
優しい言葉だけじゃなくて、その声が・・・。
頬を色付かせて顔を逸らすが、可愛くむくれる夢主を揶揄う言葉が続いた。
「体だけはいつでも素直というわけだ」
「一さんっ!」
「そう怒るな、朝から顔が真っ赤だぞ」
慣れない情事の後の痛みを揶揄われ、恥ずかし気に怒る姿を斎藤は楽しそうに眺めていた。
「まぁ、今日はゆっくり過ごすんだな。俺もまた遅くなるだろう。今夜は寝ていろよ、前にも言っただろう、先に寝ていろ」
「そんな事、仰いましたか」
「言っただろう、京の頃に」
「えっ」
「あの時の言葉は全て今も有効だ」
「そっ・・・そうですか・・・」
全て・・・。斎藤の過去の言葉を思い出そうとするが、咄嗟に全ては浮かんでこない。いろいろな言葉を受け取ったのは確かだ。
夢主の怒った顔が緩んでいった。
「あぁ、だから寝てて構わん。急に遅くなる日もあるろう」
「そうですね、夕べも遅くまでお疲れ様でした」
「もっと早く帰るつもりだったが、追加の書類が増えてな。きりが無いので戻ったのさ。火急の件でも無いのに泊り込みはご免だろう。淋しがり屋の新妻を放ったらかしでは気が気じゃないからな」
「そっ、そんな淋しがり屋だなんて・・・」
「遅くなったら早く寝る、約束しろ。でれければ俺の気が休まらん」
「はぃ・・・すみません。遅くなるようでしたら・・・先に休ませてもらいます」
「あぁ。それでいい」
斎藤は食事を終え、すぐに着替えを始めた。
「後片付けは出来るか」
「平気ですよ、急に激しく動かなければ痛みもありません」
「そうか、では頼む。だが無理はするなよ」
「はい」
斎藤は面倒に感じるシャツの釦の列を留めながら、膳を片付け始めた夢主を見守っている。無理をしていないか気に掛かるのだ。
ベルトに手を移したところで、膳を手にして勝手場へ消える夢主に声を掛けた。
「俺がいない間に不便は無かったか」
「はい、大丈夫ですよ。東京に来てから総司さんの道場で色々と教わりましたから」
「ほぅ、色々か」
色々・・・。
ついピクリと反応し眉を動かすと、夢主が戻って顔を覗かせた。
「はい。薪の入れ方から火の起こし方、お買い物も一緒に行きましたし、生活に必要な事は一通り教えていただきました」
「そうか。良かったな。色々・・・な、フッ」
斎藤は分かっていてもいちいち反応してしまう自分が可笑しかった。
調子が狂うとは今の自分を言うのだろう。妻に気付かれぬよう、斎藤は平静を装った。
「はい・・・総司さんにそんな生活力があるなんて意外でしたけど」
「沖田君はもともと試衛館の下働きだったそうだからな」
「私もそれを聞いて驚きました。少し淋しそうに話されていましたよ、最初はお稽古も隠れて受けていたとか・・・」
「人にはそれぞれ過去があるもんだ。色々世話になったんだ、礼を伝えておけよ」
「はい・・・ふふっ」
「何だ」
「いえっ、一さんは本当にお優しいなぁ・・・って思ったんです」
「フン、妻を気に掛けるのは夫として当然だろう。世話になった者も」
「はっ・・・はぃ」
恥ずかしげも無く妻と夫と口にする斎藤に、今度は夢主の調子が狂った。