斎藤一明治夢物語 妻奉公

□9.思い出の朱景色
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「分かっているなら構いませんけど。実を言うと斎藤さんに怒られるんじゃないかと思ったんですよ」

「俺が君を怒る理由は無いだろう。だが夢主が気にしているから、全部話してやって欲しい」

「えぇっ、廓通いの話をですか」

薄々勘付いているが深くは訊いてこない。訊きにくい話だ。いつか気にする事もなくなるだろうと考えていたが甘かったらしい。
突然の頼みに、沖田の顔がより酷いしかめっ面に変わっている。

「相当気になっているようだ。放っておいたら、いつか島原に迷い込んだようにお前を追いかけて忍び込みかねん」

「駄目ですよ吉原は!女の方が手続きを踏まずに入ったら出られなくなっちゃいますよ・・・夢主ちゃんみたいな可愛い人は尚更・・・危ないですよ」

「だからちゃんと話せ。手を回せば連れ出せるだろうが面倒だ。俺が気付く前に何かが起こらんとも限らん」

「話しにくいなぁ・・・」

「では通うのをやめるか」

「通ってなんかいませんよ、月に一度行くかどうかです」

「ほぅ、そんなもんか」

「そうですよ。それに籠もっているよりいいでしょう」

「夢主を巻き込まなければ、俺は一向に構わんが」

「・・・分かりました。僕からちゃんと伝えます。おかしな気を起こさないよう」

「頼んだぞ」

俺の望みはそれだけだ。
そう伝えると斎藤は濡れた帽子をかぶり、雨の中へ歩き出した。
沖田の屋敷の裏手からすぐの斎藤の我が家。
降り出した雨が屋根や壁を打ち付ける音は、どんどんと強くなっていく。

夢主は強まる音を聞きながら、斎藤の帰りを心配して待っていた。
いつ戻るか分からないが、戻った時は体が冷え切っているだろう。熱めの風呂を焚いて、火が弱まっていないか見る為に、何度も風呂場に足を運んだ。
何度目かの確認を済ませ風呂場から出た時に、雨音に紛れた庭からの物音を耳にした。

「一さんっ」

急いで玄関へ向かうと、全身を濡らした夫が立っていた。

「大丈夫ですか、手拭いを・・・」

「すまんな、っえくしょっ」

「・・・大丈夫・・・ですか」

手拭いを手にした斎藤が見せた大きなくしゃみに夢主は目を丸くした。
あまり崩れた表情を見せない夫がくしゃみを・・・心配そうに体を拭く姿を眺めていたが、笑いが込み上げてきた。

「・・・ふふっ」

「笑うな・・・っくしょっ」

「すみません、一さんがくしゃみ・・・珍しいです。・・・ふふふっ」

「ちょっと長話をし過ぎたな・・・」

「えっ」

「いや、なんでも無い。夏場と油断したか・・・」

「一さん、風邪引いちゃいますよ、熱いお風呂沸かしてありますから、このままお風呂に行ってください」

「あぁ」

斎藤は濡れた上着と袴をその場で脱いで、夢主に託した。
下帯姿だけはどうしても慣れない夢主は、反射的に顔を背けて濡れた衣を丸めた。
外も雨が強い。取りあえず水気を切ってどこかに干して置くしかない。玄関か台所か、下が濡れても構わないどこかに。

夢主が濡れた物を干して片付ける間に、斎藤は冷えた体を温めていた。
熱い湯に浸かり、外で増々風が強くなるのを感じていた。
濡れた着物を干して台所に移動し、斎藤の晩飯を器によそう夢主もそれを感じていた。

「台風かな・・・」

廊下の雨戸がガタガタと震え、流しのそばにある小さな明かり窓を隠す木の板も、雨風を受けて小刻みに音を立てている。
たまに聞こえる大きな隙間風の音に不安は増した。

「大丈夫か」

「一さん・・・」

振り返れば、ほかほかと白い蒸気を上げる斎藤が立っていた。
風呂から戻り台所を覗けば、音を立てる窓に気を取られている夢主が見える。
荒天に怯える様子を気遣い、言葉を掛けたのだ。
手拭いで髪を拭くたびに、周りに蒸気が広がる。

「風呂、気持ち良かったぞ。外は嵐だな」

「はい・・・大丈夫でしょうか・・・」

「家の造りは頑丈だ、大丈夫だろう。飯、いいか」

「あっ、はい!すぐお持ちします!お部屋で待っていてください」

フッ・・・我に返り慌てる姿を目に入れ、斎藤は台所を出て行った。
 
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