斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編5・命
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夢主が恥ずかしさをどうすれば良いか困っていると、救いの手が差し伸べられた。
静かに話す二人の間に操が飛び込んで来た。
操の勢いに夢主は思わず身構えるが、操は持ち前の敏捷さで夢主の前に着地した。

「夢主さぁああん!!久しぶりね、わぁ、お腹おっきくなってる!触ってもいい?!」

「操ちゃん、左之助さんも。みなさん来てくださってありがとうございます」

「おうよ、来たぜ!」

操の後を追いかけて左之助が現れ、沖田も戻ってきた。
優しい顔に囲まれて夢主の気が安らぐ。

「東京にいるんだから、会えるって分かってたらもっと早く飛んで来たのに!あたし知らなかったんだから、夢主さんが蒼紫様と知り合いなのも、あの斎藤の奥さんって事も!」

「操ちゃんとは一度会ったきりでしたね、色々驚かせてごめんなさい。でも蒼紫様が戻ってきて良かったね、操ちゃん」

夢主の詫びを操は謝らないでと笑い飛ばそうとしたが、蒼紫の話になりエヘヘと顔を緩ませた。
話題に上がった蒼紫はすっと顔を逸らした。

「夢主ちゃんこそ良かったじゃない、志々雄の所にいたんでしょ、よく無事に帰れたわよね。やっぱり蒼紫様のおかげなの?」

「あはっ、そうですね、蒼紫様にも助けていただきました」

済んだ事とは言え思い出すと色々気まずい。
苦い顔の夢主と蒼紫を、左之助もまた似たような顔で見守っている。

「こうやって集まれるなんて素晴らしいですね、皆さんが務めを果たした結果ですから尚、素晴らしい」

「総司さん」

珍しく沖田が場を纏める言葉を述べた。
沖田もまた東京で自らの務めを果たしている。ここにいる誰もが大仕事を果たして国の未来を守ったのだ。
皆を誇らしく見守る夢主に、沖田は貴女もですよと微笑みかけた。

「夢主ちゃんもです。それに、夢主ちゃんにはこれから大事な務めが」

「はい、ちょっと緊張してるんですよ、ここ数日お腹が……張る……ので」

「夢主ちゃん?」

「すみません、何でも……ちょっとズキって……」

夢主が穏やかな笑みを崩すさまに、居合わせる皆が顔を見合わせた。
賑やかに笑い、楽しげだった空気が一瞬で緊迫に包まれた。

「もしかして夢主ちゃん、痛いんですか」

「少し、でも、大丈夫です……」

夢主は苦しそうに言って背を丸め、皆は再び顔を見合わせた。

「僕、診療所へ!」

「あたしが行くわよ!あたし足速いもの!」

咄嗟に立ち上がる沖田に代わり、操が恵を呼びに行くと名乗り出る。
しかし部屋を飛び出しそうな操を蒼紫が止めた。

「いや操、女のお前はここに残れ。女手が要るだろう」

「女手ってでもあたし何をすればいいか!」

「腹が痛むからと言ってすぐに赤子が生まれる訳じゃない。俺が高荷恵を呼んで戻る。お前はここで手伝え。井上総司は家主、残るべきだ」

「すみません四乃森さん、お願いできますか」

「んんん分かったわよ、私も残る!蒼紫様、お願いね!」

沖田と操に「あぁ」と応えて蒼紫は姿を消した。
頼れる男はすぐに戻るだろう。
蒼紫を送り出して、残された自分達がしっかりしなければと沖田と操は気合いを入れた。
沖田が襷掛けを始めると、左之助がちらりと見た。何かしたいが、何をすれば良いか分からない。

「俺ぁどうすればいいんだ」

「斎藤さんを呼んできてください」

「俺がかよ!」

夢主のお産を手伝う気はあるが、斎藤を呼びに行く役目はご免。
左之助は叫んで拒絶するが、沖田がいなければお産の準備に差し障るとなり、引き受けざるを得なかった。

「夢主さんのお産を覗く気ぃ、厭らしぃんだ!」

「ちっ、違ぇよ!ったく分かったよ、行きゃあいいんだろう!」

操にきつい言葉を浴びせられ、夢主に辛そうな顔でお辞儀され、左之助は致し方なしと家を飛び出して行った。

痛みに顔を歪めていた夢主だが、耐えていると痛みが和らぎ、顔を上げることが出来た。
部屋の外で、慌ただしく動き回る音が聞こえる。
外へ走ってくれた蒼紫と左之助、家の中で動いてくれる沖田と操。
夢主は力を貸してくれる皆の存在に温かさを感じていた。

「みんな、ありがとう……」

バタバタ走り回っていた操が様子を見に戻ってくると、ちょうど門をくぐってやって来る者がいた。
蒼紫と左之助にしては早過ぎる。
気配に気付いて顔を上げた二人は、おおらかな歩みの大家の婆を見つけた。
何事にも動じないゆったりとした大家の婆は、満足そうに夢主を見て頷いた。

「おやまぁ、皆さんお揃いかい。ちょうどいい、ささ、井上さんはお湯を沸かしておくれ。夢主さん、隣の部屋に移れるかい。若いお嬢さん、肩を貸しておやり」

隣の部屋には大家の婆の指示で予めお産に向けた備えがされていた。
楽な姿勢を保つ為の背を預ける布団が積まれ、天井からは掴まって息む綱が下りている。
大家の婆に子は無いが、大家として産婆と共に店子のお産に何度か立ち会っている。
記憶を辿り、恵が来るまで出来ることをしようと尽くした。

夢主は移動して体を落ち着かせた。初めての痛みに耐えるのが精いっぱいだ。
走り回る皆の姿を目に入れるだけで、何かを考える余裕は無くなっていった。
それでも傍で励ましてくれる大家の婆の声だけはしっかりと聞こえる。

鈍い痛みに耐えていると、痛みが治まって幾分か落ち着く時がある。
痛みが襲う間隔が徐々に縮まっていくのだが、知らぬ夢主は不安に襲われていた。

何も考えられない。
夢主が漏らすと、大家の婆はそれでいいと励ました。
自分やこれから来る医者の言葉通りにしていれば赤子は生まれる。考えなくて良いと励まされ、夢主はこくんと頷いた。
 
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