おつまみ

現】副反応と君の反応
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✿斎藤さんが夢主さんを看病



予防接種の副反応、高熱で寝込んでしまった夢主。世話の為、部屋を訪れたのは斎藤一だった。
一人暮らしの1DK。寝室のベッドに寝転がった夢主は唸るように声を絞り出した。

「うぅん……すみません……」

「いいから寝ていろ」

「はい、すみません……私、実は天涯孤独で、えへへっ……来てくださって、ありがとうございます……」

一見友達が多そうな夢主だが、こんな時、気軽に呼べる友達はいない。
家族もおらず、天涯孤独。夢主が笑って言った言葉は冗談ではなかった。

「お互い様だな。さぁ、気遣いは無用だ。寝ていろ」

ちょっとした縁から夢主は斎藤の家に何度か上がり込んでいる。しかし、斎藤が夢主の家を訪ねるのは初めてだ。
斎藤は前世で夢主と紡いだ縁を覚えているが、夢主は何も記憶がないらしい。今世でも関係を築きたい斎藤は適切な距離を保ち、様子を窺っていた。

今回の夢主の不調は、共通の知人から偶然聞いた。
知人と言っても古い古い縁としがらみを持つ男。斎藤と同じく、前世の記憶を有している。いつも笑っているあの男とは腐れ縁が切れないらしい。世話する為に泊まり込みそうな男を押しのけ、斎藤が押し掛けた。夢主には言えんなと、斎藤は共通の知人を思い浮かべた。

今日は以前面倒を見てもらった礼だと言って部屋に上がり込んだ。
キッチンとリビングが一体となったスペースと、ベッドが置かれた部屋が一つ。全部含めても斎藤が住まうマンションのリビングより狭い。

「恥ずかしいです、散らかっていますよね。斎藤さんのお部屋に比べたら狭いですし……」

「そんなコトはない。いい部屋じゃないか」

弱っている人間に悪態をつくほど性格は悪くない。実際、夢主の色に染まった部屋はそれだけで居心地が良い。
斎藤はやんわりと答えて話を逸らした。

「何か口に出来そうか。良ければ何か作るが」

「斎藤さんが……お料理なさるんですか……」

「しちゃあ悪いか」

「いえ……冷蔵庫、空っぽだったから……」

「あれは、たまたまだ」

普段は自炊しない。時間が勿体ないからだ。だが料理が出来ないわけじゃない。
斎藤は「どうする」と首を傾げた。

「今は……何も……すみません、折角なのに……」

「気にするな。解熱剤は」

「飲みました。少し眠れば、楽になるかと……」

「そうか。しかし辛そうだな、俺に構わず眠れ」

夢主は頷いて、大人しく目を閉じた。

「俺は一度仕事に戻らねばならん。すまんな、ずっといてやれず」

「いぇ……来てくださっただけで、嬉しいです……」

薄っすら目を開いた夢主は、苦しそうな笑顔で斎藤を見ている。
斎藤は辛そうな様子に顔をしかめた。

「鍵を借りていいか。お前は寝るだろ。仕事が終わったら様子を見に来る」

「はぃ、ありがとうございます……お願い、します……」

「何かあれば遠慮せず連絡を寄越せ」

連絡先は交換してある。夢主はにこりとして頷き、もう一度目を閉じた。
鍵を持ち上げる音を聞いて、すぐに眠りに落ちてしまった。

「少しは落ち着いて来ているのか」

熱を診る為だと理由をつけて、斎藤は眠った夢主の頬に触れた。
薬の効果を感じる。だが熱い。頬の次に首に触れ、襟の隙間から覗く鎖骨の間に視線を落とした。

「この熱は肌を重ねて火照る熱とは違うな」

襟の隙間に手を置きそうになり、斎藤は首を振った。邪な考えを振り払い、斎藤は部屋をあとにした。



空が暗くなった頃、夢主が意識を取り戻すと斎藤が戻っていた。
枕元には見慣れない物が置かれている。

「目覚めたか」

「斎藤さん……これは……」

「冷蔵庫だ」

「冷蔵庫……」

小型冷蔵庫。枕元に新設されていた。中には水やゼリー飲料、プリンにヨーグルト、夢主が好きそうな物が詰め込まれている。

「喉が渇いた時にすぐ飲めるだろう。腹が減った時も。俺がいない間に目が覚めたらと思って昼間、一度戻って置いたのさ」

「わぁ……気付きませんでした、ありがとう……ございます」

「今夜は俺は隣にいる。何かあれば面倒を見てやるから安心しろ」

斎藤が顎でリビングを差すと、夢主に笑顔が生じた。

「ふふっ、ありがとうございます」

「何か食えるか」

「食欲は……」

「栄養は取っておけ」

何も飲み込めないのならコレだな、と斎藤は真新しい小型冷蔵庫からゼリー飲料を取り出した。
丁寧に一旦蓋を開け、緩く締め直してから手渡す心遣い。夢主は何気なく斎藤の動きを見つめていた。

「ほら」

「ありがとうございます、わぁ……冷えてて美味しいです、体が……潤う気がします……」

「ゆっくり飲んで、終わったら熱を測れ」

「ふふっ」

「何だ」

「いえ、何でも……いただきますっ」

沢山お世話してくれてお母さんみたい。思った夢主は楽しそうに目を細めて飲み口を咥えた。
中身を吸い上げる夢主を斎藤がしげしげと見つめている。夢主は視線に気付き、気まずい笑顔を見せた。

「すまん、つい」

斎藤は素直に不躾を侘びて顔を逸らした。
何かに吸い付く顔は小動物のように愛らしいのに、一方でなかなか厭らしいもんだ。何時かのようにもう一度夢主の中に入れる日が来るのだろうか。斎藤が本当に詫びたのはそんな下心だった。

「ごちそうさまでした」

「本当にそれだけで大丈夫か」

「はぃ」

斎藤が遠く懐かしい夜を思い出して己の欲望と闘っている間に、夢主は短い食事を終えた。
ゼリー飲料を一つ飲み干したら少し胃が働いたのか、冷蔵庫にあったプリンを一つ空にしていた。

「もう一度寝る前に歯磨きしようかな……」

「立てるか、俺に掴まれ」

昔のように咄嗟に夢主を抱えそうになった斎藤だが、伸ばしかけた手を引っ込めた。

「そんな……そこまでしていただくなんて、私……」

「いいから、俺と違ってひょろっこいお前だ、熱にやられて倒れそうじゃないか」

「ふふっ、そんなに……弱くないですよ……」

弱々しい声で言う夢主に、斎藤も苦笑いだ。

「とにかく、今夜は遠慮するな」

「はぃ」

掴まることを躊躇うならば俺が、と斎藤は夢主の肩に手を回した。
軽く引き寄せて体を密着させる。安定した夢主は難なく歩くが、洗面所の鏡で、自分を支える斎藤の姿を見て、頬を染めた。

「あっ、あの、ありがとうございます……斎藤さんは、晩ご飯どうなさったんですか、まだでしたら私」

「阿呆、熱があるお前に作らせるかよ。外で済ませて来たさ、気にするな」

夢主が歯を磨き始めると、斎藤がポツリと呟いた。

「お前が寝たらシャワーを借りるぞ」

「えっ、あ、はい、もちろんです、あのっ、着替えは……」

「俺のコトは一切気にするな、大丈夫だ」

「はぃ」

男の人が自分の家でシャワーを。未知の出来事に夢主の熱が上がってしまう。顔が赤らんで、変化が明らかになった。

「おいおい、大丈夫か。寝る前にもう一度解熱剤を飲めよ」

「はぃっ……」

斎藤が夢主の顔を覗き込む。その姿が鏡越しに見えた夢主は、真っ赤な顔で頷いた。
 
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