おつまみ

現】副反応と君の反応
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寝室へ戻ると、夢主はベッドに横にならず、クローゼットの前で振り返った。

「あの、ちょっと汗を掻いてしまったので……着替えたいのですが……」

「あぁ、扉を閉めておく」

斎藤はリビングに退き、閉じた扉を横目で見つめた。

そういえば俺はムッツリだなどと言われたな。本当にそうなら隙間を残して覗いているさ。
昔、言われた悪言を思い出してフンと鼻をならした。
扉の向こうの衣擦れの音は今も昔もしっかり聞こえている。音を聞けばどんな状態にあるかも想像できる。そう、今は……。

「んんっ」

斎藤は扉の向こうには聞こえない、小さな咳払いをした。


やがて扉から夢主が顔を覗かせた。
一人で歩くのも辛そうだった夢主が、もじもじと恥じらった様子で部屋から出ようとしている。

「着替え終わったか。どうした」

「いえ、脱いだ物を洗濯カゴへ……」

「それぐらい俺が持って行ってやる。さっきの洗面所だろ」

「でもだって、その、下着ですしっ……」

「阿呆、わざわざ見るか。気にするな、ベッドに戻れ」

夢主は下着を一番内側にして脱いだ物を丸めていた。斎藤はその塊を奪い、夢主をベッドに追いやった。
夢主はベッドから気まずい顔で斎藤の手元をちらちらと見ている。

「薬は飲んだな」

「は、はいっ」

斎藤は「よし」と言って寝室の電気を消してしまった。
明るいリビングを抜けて行く斎藤の背中。手には自分が脱いだばかりの下着。夢主は居た堪れずに布団に潜り込んだ。



「やれやれ、いちいち気にするコトでもなかろう」

俺とお前の仲だぞと考えて、夢主に記憶がない現実を思い出した。
己には些細なことだが、今の夢主にとっては一大事なのだ。

「恋人でもない男が世話をして泊まり、シャワーを借りる。あいつの性格なら目を回しそうだな。それに」

そんな男が自分の脱いだ下着を手にしている。さぞ恥ずかしいだろう。
真っ赤な顔の夢主を思い出すと愛おしくて堪らない。

「わざわざ見るか、阿呆」

洗濯機の前でぼやいた斎藤だが、洗濯ネットを見つけて、ついつい洗濯物を分けていた。

「白い、サテンに花のレース……」

どこかで見た下着によく似ている。時を経てもあいつの趣味は変わらないのか。
気付けば、両手でランジェリーを広げてしげしげと見つめていた。

「いかん」

我に返った斎藤は夢主のランジェリーを手早くネットに押し込んだ。



「斎藤さん……」

「起きていたのか」

薄暗い寝室で夢主が布団から顔を出した。
顔色は分からないが、きっとこれ以上ないほど顔を赤らめているだろう。
斎藤はやれやれとベッドに近付いた。

「目を瞑れ」

「あの」

下着の礼を言いたい夢主だが、恥ずかし過ぎて言い出せず、布団を掴む手がもぞもぞと動いている。
斎藤は俄かに目じりを下げた。今はまだ二人の間を隔てるものがある。だがそれも何れ失せるに違いない、そう思えた。

「いいから目を瞑れ」

目を閉じてはすぐに目を開ける夢主、何度も不自然な瞬きを繰り返してようやく目を閉じた時、額に冷たい感触が加わった。

「わぁ、ひんやりします」

「冷却シート。俺が寝ている時に貼っただろ。そのお返しだ」

「すみません、勝手なコトを……」

「構わんさ、心地良かったからな」

斎藤が立ち上がると、夢主が布団から手を出した。

「……斎藤、一さん……何だか、初めてお名前を聞いた時から懐かしく感じていたんです……おかしいですよね……」

熱に浮かされて変なことを言っている。自覚した夢主が照れくさそうに笑っている。
思えば、男の人を部屋に上げるなど普通ではない。だが、この人なら良いと思えた。当たり前のことのように感じていた。

「いいや、おかしくないさ」

「さっき……斎藤さんが去って行く背中が……とても懐かしかったんです……不思議です……」

「焦ることはない、少しずつ思い出して行けばいい」

「え……」

「何でもないさ、さぁ眠れるか」

「あの、待ってください……もう少しそばに……」

夢主の手が、力なく空を掴んで落ちた。行かないでと請うような、淋しい動きだった。

「すみません、わがまま言って……斎藤さんがそばにいてくださると、何だか落ち着いて……眠れる気がして……」

斎藤は夢主を見下ろした。
夢主は無意識に何かを感じているらしい。胸の奥が熱くなり、目頭まで込み上げてくる。斎藤は一瞬息を止めた。
やがてベッドの脇に戻り、腰を落とした。

「分かった、ここにいる」

えへへっ……。嬉しそうに微笑んで、夢主が目を閉じた。無意識に手が何かを探している。斎藤は思わず、小さく泳ぐ手を握りしめた。夢主は目を閉じたままもう一度微笑んだ。

「おやすみ、夢主」

囁くように言うと、夢主は目を瞑って頷いた。

「シャワーが遅くなりそうだな」

斎藤は夢主の頭をそっと撫でた。何度か撫でていると、苦しそうな呼吸が僅かに和らぎ、寝息が聞こえた。

「寝たか……」

頭を撫でていた斎藤が夢主の頬に触れた。薬が効き、驚くような熱さではない。だが動き回るには辛い体温だろう。俺はともかく、お前にとっては……な。

斎藤は暫く夢主の様子を眺めていた。

「そう言えば、元気な時に抱きしめてくれと呟いていたな。あれは今でも有効か」

冗談を言ってククッと笑い、斎藤はシャワーを浴びに向かった。
煩悩を追い払うのに丁度良い。
斎藤がシャワーを浴びる音を、夢主は寝耳に聞いていた。
 
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