警視庁恋々密議

□12.意地っ張り者の幸運
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斎藤が立ち姿に近い姿勢で机に腰掛けている。
机の上は物が雑然と広がり、隙間がない。置いたのは斎藤だ。
斎藤の上着と黒いシャツは、椅子の背凭れに預けられていた。

「ここは男娼の館だったかしら」

ククッ。机上から何か選び取ろうとしていた斎藤が、喉を鳴らした。
資料室に入るなり珍しい物を見た夢主が、厭味を込めて揶揄った。
自分が来ると分かっていて半裸を晒していたのなら、なかなかに悪趣味。
だが、斎藤は違うと目で訴えた。

「こんな男娼、客も逃げ出すぞ」

「これくらい草臥れた男が好みって御仁もいるんじゃないの」

夢主は顎を上げて、己より長身の斎藤を見下すように見つめた。
得意気に口端を上げて微笑むと、斎藤が叶わんなと肩を浮かせる。

「言ってくれるな」

「一般的な意見を言ったまでよ」

「お前はどうなんだ」

斎藤は歩み寄ってくる夢主を挑発して、伏し目で煽った。
艶んだ目線に文句を言い返すでもなく、夢主は目を逸らす。机上の品々を見定めようとしていた。

「それにしても何よ、こんな所で脱いでるなんて。流石に良識を疑うわ」

「悪かったな、ちょっとした手当て、だ」

っく、と斎藤は微かに声を詰まらせた。

湿布に薬を塗ったところで、それを肌にあてて包帯を巻きたいらしい。自身でするには無理があり、似合わぬ声を漏らしたのだ。

斎藤の考えが読めた夢主は、軽く息を吐いて手を出した。
左右の腕から肩にかけて傷が見える。自己処置で済ませようとは無謀だ。

「貸しなさいよ、全く。医務室に行けばいいのに」

「この程度ならば己で済ませるさ」

「意地っ張りなのね」

出来ずにいるじゃないと唇を尖らせる。
斎藤はニッと口角を引き上げた。

「面倒なだけだ」

言葉では強がるが、斎藤は躊躇わず湿布を渡した。

「私が来るのを待っていたんじゃないの、密偵一の腕を誇るわりには嘘が下手なのね」

「そうかい、他に見抜かれた覚えは無いぞ」

「じゃあ私って凄いわね」

「あぁ、そう言うことだ」

「上手いのね」

見え透いた嘘を見抜かせて褒めるなんて、随分と女慣れしているコト。
夢主は棘のある視線を斎藤に送った。
患部に湿布を貼り、強く押さえる。

「っ」

「らしくない声出して」

「出しちゃぁいない」

「ふふっ」

「わざとだろ」

「そんなコトしないわよ、剥がれたら困るでしょ」

次の患部にも強く湿布を貼りつける。握るように患部を絞められた斎藤は、反射的に顔を歪めた。
精神が肉体を凌駕し、感覚が麻痺する戦闘中とは異なり、痛みが直に脳に届く。それでも意地で声は飲み込んだ。

斎藤の堅忍を察した夢主は、意地悪く笑った。
流石に哀れに感じ、残る患部には優しく処置を施していく。
安堵したのか、斎藤の顔から力みが消えていた。

「はい、次は包帯を巻くわよ」

誰かにされるがまま身を委ねる斎藤は珍しい。
そんな珍しさを気にも留めず、夢主は包帯を巻き始めた。
右も左も、腕も肩も。丁寧に処置する夢主を、斎藤は黙って見つめている。
意地悪な手付きから優しく変わった。痛みを与えぬよう、かつ緩過ぎぬよう、気遣いつつ処置を進めるさまが見て取れる。
ありがたさに、斎藤の目尻が弛んでいた。

「貴方って剣の腕は確かなんだから、怪我しない闘い方だって出来るでしょう、何でしないのよ」

「買いかぶり過ぎだ」

「怪我を厭わぬ闘い方、正面から受けずに避ければいいのに」

「そこまで器用じゃないんでな」

「虚言ね」

夢主は斎藤の傷の深浅や向きから、戦闘の模様を思い描いてみた。
相手の手の内を探る為に敢えて受けた傷か、攻撃の際に返された傷か、それとも想定外の攻撃を受けたのか。
傍で感じる呼気の音が、脳裏に浮かぶ闘いの呼吸と重なる。
思い巡らせても全ては分からない。夢主は肩で溜め息を吐いた。

「ここを止めたら終わりよ、私、随分と働いたわね」

「フッ、働かせて悪かったな」

「暇潰しにはなったからいいけど。……無茶な闘いをしたのね」

包帯を巻き終えた腕と肩。包帯の巻き具合を確かめるふりをして、夢主は斎藤の腕を撫でおろした。
荒い肌触りの包帯、僅かにあるのは湿布と筋肉に添った凹凸、肌に触れる感覚は皆無だが、斎藤の体を感じた。
この腕で振るった剣、受けた傷、闘いの痕。闘った相手は命尽きたか縄を受けたか。斎藤はこうして戻ってきた。
 
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