-短篇

大】大正斎藤浪漫譚
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警察署へ到着すると、警察の顔馴染みである弥彦を見て、入り口を固める警官達が挨拶をしてきた。
続けて、制服に身を包み帯刀する斎藤を見て警官は渋い顔をした。見知らぬ警官だ。若い警官らは斎藤に警戒心を抱くが、年嵩の警官は目を瞬いている。斎藤一を知る人物だった。

難なく中に通された斎藤と弥彦は、現在の署長、新市小三郎と対面した。

「お前が署長とは時代が変わったな」

弥彦が言う新市が新市小三郎で、弥彦と共にかつて鯨波を止めた男だとは、分からなかった。言われるまで存在すら忘れていた。
いまいち頼りない剣の腕前だが、人を束ねる人望と気概はあるようだ。

協力を求めると、新市は快く承諾した。物分かりの良さは昔の署長と似ている。
斎藤は望みを伝えた。己の存在を通達しておくよう依頼し、帯刀の許可を得て、伝言の受け取りも申し入れた。

「話は複雑ですが単純です、正式に復職なさってはいかがです」

「俺は辞める時に言った。これからは貴様らが時代を守り、築く番だと。貴様らはまだ途中だろ」

誰もが認める斎藤の力は、今の世に於いても必要な力。
新市は復職を要請するが、斎藤は己の仕事は終わっていると断った。

「だが、資料の整理程度なら手伝ってやらんこともない。資料室はまだあるか」

何しろ家も職もない。
資料の整理を手伝う代わりに、資料室を寝泊まりする場とさせろ。
食うに困らない程度の官給を寄越せよと暗に伝えた。


資料室へ案内されると、懐かしい景色が広がっていた。
机にも棚にも、無造作に積み上げられた書類の山がある。昔と変わらない乱雑さだ。床の上にまで書類が積み上げられている。

「整理する人間はおらんのか」

斎藤が文句を言うと、新市はお恥ずかしいと苦笑いを見せた。

「昼は町を歩き、俺が欲しい情報を集める。夜はここを使わせてもらう代わりに資料整理を手伝ってやる。貴様らが集める情報も欲しいしな」

その一言で、斎藤の目的を推し量っていた弥彦が、確信を得たように顔を上げた。
新市も気付き、顔を見合わせた。

「人を、探すのですね」

「まさか、夢主か」

「そうだ。俺とあいつはほぼ同時刻に永眠した。そして俺が目覚めた時、確かにあったのさ、何かを抱いていた感触がな」

「だから、いると」

「夢主がどこかにいる可能性がある。可能性があるならば、探すまで。記憶を失っているかもしれんからな」

「記憶を」

斎藤は厳しい目つきで頷いた。
己は記憶を保っているが、夢主は今度も記憶を失っているかもしれない。可能性を否定できない。冷静に、事実を受け入れなければ。

もし、見つけ出しても、俺のことが分からなければ。
斎藤はほんの一瞬、目を伏せて最悪の事態を想像した。
それでも探し出すのが俺の役目。記憶を失っていれば尚更、困っているはずだ。

「心当たりを一つずつ潰していく。早速だが、服はあるか」

「え」

「警官の服装で花街はまずかろう」

「おまっ」

「勘違いするな、女が身持ちに困り頼り兼ねない場所を確かめるだけだ。あいつがそんな単純な行動に出るとは思えんがな」

花街に行くと聞いて頭に血を上らせた弥彦だが、斎藤の言葉で我に返り、夢主に関して冷静に記憶を辿っていた。
頼りないようで賢さを備え、馬鹿な行動には出ない女だ。だが、全ての記憶を失っていれば。
新市は早く行動に移りたい斎藤の心情を察した。

「潜伏用の服を自由に使ってください。倉庫の場所は変わっておりません。必要でしたら巡査を使ってください」

「助かる。だが服だけでいい。貴様らは貴様らの仕事をしろ」

どこまで行ってもこの人は斎藤一だ。
公私を分けた発言に、弥彦と新市は清々しさを感じた。
斎藤の言葉に従い、二人はそれぞれの場へ戻っていった。
 
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