おつまみ
□幕】土方歳三 おてんばな君
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・・・離れた座敷の喧騒が壁や障子に遮られ、ぼんやり耳に届く薄暗い部屋。
きみは乱れた着物をそのままにゆっくりと体を起こした。
「本当に怒られちゃう・・・」
解けた髪を整えながら小さな声で言うきみの顔は晴れやかなものだった。
歳三は手枕で転がったまま、恥ずかしそうに目を伏せているきみの横顔を眺めていた。
障子越しの月明かりがきみの姿を影絵のように映し出し、長い睫の影が瞬く度に大きく動いた。
「誰も怒らねぇさ、俺が消えたんだ。みんな俺の事はよく知ってる、上手く言い訳してくれてるさ。それに誰も俺に文句は言えやしねぇ」
歳三は自分の仕業を棚に上げて、機転がきく仲間達を褒めて笑った。
今までも沢山の女と結ばれてきた、そんな話に聞こえるが、きみは気にならなかった。無邪気に話す歳三の姿が可愛くさえ思える。
「これでお前はもう一人じゃねぇな」
「どういう事」
歳三はゆっくり起き上がると、訝しみ首を傾げるきみに近づきその腹にそっと手を添えて微笑みかけた。
「まさか」
「あぁ、そのまさかだ。きっと子種が宿ったぜ、可愛いやや子が生まれてくるさ」
「ふふっ、いくらなんでもそんな」
「俺が誰だか知ってるか、俺は新選組の副長土方歳三だぜ、やるといったらやる、俺が出来たといったら出来たんだよ!!」
「ふふふっ、歳三ったらおかしい」
自信満々に話す歳三を笑わずにいられないきみだが、優しい視線を絶やさない歳三に気付くと、頬を染めて視線から逃れた。
「でも、もし本当に生まれてきたら・・・強くて立派で、とってもおかしな父上ですと伝えます」
「おいおい、よしてくれよ」
歳三は笑いながらもう一度きみを抱き寄せた。
「子が出来て、旦那とうまく行くならそれでも構わない。もし家を出て生きて行くなら、彦五郎さんや俺の家を頼ってくれ。俺の子だ、きっとわかるさ。何より勘の鋭い彦五郎さんが気付かないわけがねぇ」
にやりと笑って顔を離すと、きみの目には涙が溜まっていた。
「ありがとう・・・もし子が出来ていなくても、一人でも生きていける気がします。離れていても貴方の気持ちが・・・歳三の想いが支えてくれる気がします・・・」
「そうか、そいつは良かった」
歳三はきみの目尻をそっと拭った。
「どこにいても、俺の気持ちはお前と共にある。たとえ遠い地でこの身が朽ちようとも、俺は必ずそばできみを守る・・・」
歳三は座ったまま、きみの背に手を回した。
この先、歳三に待っているのは死地であろう。
そうわかっていても、歳三はこの地を去る。
きみも歳三の体に手を添えると、力を込めて抱き返した。
・・・どうかこの温もりを忘れないように、かの地に行っても歳三が温かく生きていけますように・・・
互いの想いを伝えるように、時間が許す限り。
ふたりは腕の中から互いを離さなかった。
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よしや身は蝦夷の
島辺に朽ちぬとも
魂は東の 君や まもらむ
土方歳三
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いくつかある土方歳三さんの辞世の句とされているひとつです(*´◡`*)
"きみ"さんの名前はこちらから着想しました
2017新暦生誕祭に執筆 yuusuke_yui