おつまみ

現】もしも彼らがバンドマンだったら
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隙のない時間が続き、呼吸を忘れた左之助が気を失いそうになった瞬間、演奏がぴたりと止まった。
我に返った左之助は扉を閉めて呼吸を整える。体が熱くて堪らない。夜の外気に触れる己の呼気が白く変わっていた。
扉を見上げて尻もちをつくように座り込むと、コンクリートの冷たさが身に染みる。
一気に熱が奪われていき、落ち着きを取り戻そうかという時、一番聞きたくない声を聞かされた。

「練習しに来たのか」

「っぐ・・・」

己が覗いていた扉から斎藤が体を出した。そのまま帰るつもりか、外に出て完全に扉を閉めてしまった。
覗いていたのがバレてたか。腰を抜かしていたと思われちまうぜ・・・焦って立ち上がった左之助だが不意に肩を叩かれ、今度は壁に背中の熱を奪われた。
ぽんと触れただけの斎藤はよろめかれて少しばかり驚くが、すぐに気を取り直して馬鹿にするような視線をくれてやった。

「ま、期待してるぜ。せいぜい頑張るんだな」

「なっ」

蒼紫の言葉に心境の変化でもあったのか、予想もしなかった言葉に驚いて左之助は再びずるずると座り込んでしまった。冷たい壁にこすられた背中が凍りそうだ。
階段を上がり始めた斎藤の背中が笑っている。
馬鹿にしているのか、無理だと思って揶揄ったのか。

こっそり覗いて見てしまった二人の巧妙なスティックさばきは確かに自分よりも上だった。
そう感じるが否定してしまいたい。

――だけどよ、俺だって!!

震える手で拳を作り、ぎりぎりと歯を食いしばる。身も心も打震わされただなんて死んでも認めるか。

「覚えてろよテメェ!放り出して帰ってんじゃねぇよ!俺は」

斎藤は階段を上がりきる寸前で足を止めた。
左之助は言い返せる言葉がないらしく、威勢のいい言葉は途中で止まってしまった。
ゆっくり振り返ると、怒りと羞恥で震える体を隠そうと力んでいる姿が見える。
小さいな、斎藤は笑った。
まだまだ小さなヒナ鳥だ。だが可能性は無限大・・・か。

「ヒヨッコは大人しく練習するんだな。ここのマスターの耳は確かだ。扱いてもらうんだな」

薄暗い階段の先にはネオン輝く夜の街が広がっている。
暗がりから光の中に消えていく斎藤を見送った左之助はどんな気持ちだっただろうか。
知る由もない斎藤は愛器を取りに、人のいないスタジオへ戻って行った。

帰り道、バーへ向かう時よりも足が軽い。
ただ少し、初めて楽器を演奏した時の気持ちを思い出しただけだ。

「そう、ただそれだけだ」

斎藤は一人のスタジオで夜通し演奏を楽しんだ。
 
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