おつまみ

懸隔譚・もう一度あの君と
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二人の夜からどれほど日が過ぎたか、夜空の月が同じ形に戻る頃、夢主は父の指示で再び抜刀斎のもとへ戻っていた。
知った斎藤は勝手なことをしてくれたなと、険しい顔を見せた。父は上からの指示を貫いたまでと正論を返すだけだった。

緋村は、夢主が戻っても追い返す気でいたが、顔を見るとどうしても強く出られずに受け入れていた。
再び始まった二人の暮らし。夢主に日々の世話を任せ、緋村は人斬りの任を果たした。
血濡れた着物洗いを任せるまでになった。
穏やかな時を取り戻せるのでは、緋村の中に甘い望みが膨らみ始めるが、時折、犯されていた夢主の姿が緋村の脳裏をよぎり、現実を突きつけた。

ある時、不意に、世話役の男が犯していた相手も夢主なのではと気付く。
この常宿で世話役と夢主が鉢合わせたことがあった。緋村は短く互いを紹介したが、妙な感じを覚えていた。
ほんの一瞬だが、違和感があったのだ。突然現れた見知らぬ男に、見知らぬ女。自分が人斬りであるが故の、関わりを持つ者同士、探り合う緊張感だと思っていた。

「あっ」

火をかけていた夢主が鍋に触れてしまい、咄嗟に声が出た。あの夜と重なる声だった。
緋村は、思わず火傷した夢主の指先に触れた。
「んっ」と漏れたか細い苦痛の声に、緋村の体が大きく脈打つ。嘘だ。自らの感覚を否定したい緋村は、夢主の指先を掴む手に力を込めた。

「んぁっっ、やめて剣心っ、痛いです、痛い」

「ぁ……す、すまない……く、薬を、薬、薬っ」

手を離した緋村は、別の何かを探すように、火傷の薬を必死に探し続けた。



緋村はいつしか夢主の横顔ばかりを盗み見るようになっていた。
どうしてなんだ。男に対して、夢主に対して、疑念が湧く。

村で共に過ごした頃から、自分はすっかり変わってしまった。けれども、夢主も別人のように変わっていた。
大人になり、京の料亭働きで磨かれたからだと思い込んでいたが、本当にそうなのか。あの弾けるような笑顔は、まるで消えてしまった。
近頃の笑顔は物静かで控えめな微笑み、漏れる声は愛らしくも、淋しそうだった。

ある蒸し暑い夜、体を拭いて無防備な夢主に背後から問いかけた。

「お主は一体、何者なんだ」

振り向いた夢主のしら肌に、目を奪われた。
何人もの男に慰み役を負わされてきた体は、悲しいほどに美しい。

緋村は我を忘れ、夢主を組み敷いた。
弾みで石の足置きに置かれた水桶が大きな音を立てて引っくり返る。二人の顔や髪が水濡れた。

「どうしてだ、どうしてなんだ」

「ずっと、貴方を忘れられなかった。会えるだけで、嬉しかった。私は酷い女です、斬ってください、それが一番いい方法……貴方にも、私にも」

緋村の髪から滴る水が、夢主の頬を濡らした。
水滴を帯びた互いの顔が何だか懐かしく、二人は幼かった自分達を思い出した。

夢主は村ぐるみの役目を吐いてしまった。

斎藤との夜は話せない。話せないどころか、思い出して体中が熱くなってしまった。
色仕事に通じた夢主以上に手練れの男。心にも体にもしっかりと植えつけられてしまった。斎藤の熱が、肌の感触が蘇る。優しい息、低く響く声、誰よりも愛おしんでくれた。
ずっと殺してきた心を気に掛けてくれたのは、斎藤だけだった。初めて姿を見たあの日からずっと、冷たい素振りで接するくせに、苦しい時にはいつも声を掛けてくれた。壊れずにいられたのは、間違いなく斎藤の存在があったから。

任務の対象である緋村は心配したくとも出来ない立場。致し方ない。緋村に対して、責められて当然のことをしてきた。
夢主は混濁する思考のまま、ごめんなさいと微笑んだ。

「私、本当に酷い女です、ですから」

「もういい」

緋村が夢主を抱き寄せる。
こうするのは、二度目か。身の上を語り、真実を打ち明けられずに泣いたあのヒト、自分を責めてしまう女性を抱き寄せた記憶が浮かんで、緋村は哀しく微笑んだ。

「君にお願いがある」

「何で……しょう、私に出来ることでしたら、父を裏切ることも、新選組への討ち入りだって」

緋村は小さく笑った。

「それでは困るよ、俺の願いはただ一つだ。死なないでくれ、生きて欲しい。だから、もう一緒にはいられない」

一緒にいれば待っているのは死だ。突き放せずにいたけれど、間違いだったんだ。
人斬り抜刀斎が、そばに大切な者を置くのは、間違いだったんだ。
緋村の決意に、夢主は呆然とするしか出来なかった。

全てを捨ててでも一緒にいたいだけなのに、叶わない。
打ちひしがれる夢主だが、緋村の思惑とは異なる答えを導きだして、自らを納得させた。

もう自分にはその資格が無いのだ。報いが返ってきた。この人の隣にはいられない。
絶望を呑み込んでしまうと、心が晴れていくのを感じた。薄闇の中に光が差すような清々しい感覚に、自ずと笑みが浮かぶ。
清々しい感覚は、幼い日のただただ楽しかった頃を思い出させた。笑い声も笑顔も絶えなかった、眩しかった日々だ。

自分に生きろと言ってくれたこの人は、一人ならばきっと生きて新時代を迎えられるだろう。自分がいなければ、この人はもっと強くなれる。だから身を引こう。
夢主の微笑みに、覚悟の色が加わった。

「夢主、笑ってくれるんだね」

哀しく微笑んでいる緋村の目に、光るものが滲んだ。

「一緒にいられないのに、どうしてだ。君を、離せない。すまない、夢主……」

「いいんです、いいの、剣心。私にせめて、出来ることだから」

こんなことしか出来ない、でも、私にとっては贅沢なこと。最後に一度、貴方に触れたい。
夢主が手を伸ばすと、緋村はその手を取り、自らの頬に触れさせた。頬の傷を隠し、夢主の手を包むように緋村の手が添えられた。
蒸し暑さの中、顔を近付けると互いに濡れた髪が触れて心地良い。ひたりと肌を寄せると、驚くほどに熱く熟れていた。

短く静かな二人の夜が訪れた。



すっかり夜が更けて人々が寝静まった頃、いつしか眠っていた夢主が目を覚ました。
小綺麗に整えられた部屋。無くなっているのは刀だけ。しかし、夢主は別れを悟った。

この夜以降、緋村は夢主の前から姿を消した。


京都の闇の中、抜刀斎と斎藤が激しく剣を闘わせていた。








❖後記❖

最後までご覧いただきありがとうございます。

・剣心の幼馴染
・比古師匠と剣心が一緒に過ごした日々
・剣心と斎藤さんの間で揺れ動く夢主さん
・遊撃剣士になった剣心と再会、敵対する立場だが…
・飯塚さん既にいないけど飯塚さんポジションの人物が欲しい

最初は上2つを強く考えていたのですが、この場に載せるなら斎藤さんもいっぱい登場して欲しい、対立する二人だから……などなど、3番目の要素を強くして夢に変換してと、話を膨らませていったら収拾がつかなくなってしまいました^^;

何年も前から原型はあったのですが、剣心中心がいいけど、剣心のお話は自分が書かなくてもよいかな、など考えているうちに月日は流れ、今日に至りました。

一度、落書きでネタを短く詰め込んでまとめて終わらせようとしたモノが、稚拙ながら残っておりましたので、+サイト に貼っておきます🙏
当初、幼馴染を女の子版・男の子版共に考えており、気軽にSNSなどに貼るなら男の子版かなと描いたもので、1枚で終わっちゃいました。

折角なので、原田さんや永倉さんとも出会って
「へぇ、お前さんがねぇ」
「あの抜刀斎の幼馴染ねぇ」
ジロジロ見られるお話とか、新選組もいっぱい絡めたかったのですが、ちゃんと書いたら長くなりそうな内容で中途半端になってしまうかなと断念しました。

この後の展開があるとすれば、任務失敗を苦に自害しようとして斎藤さんが止めるとかでしょうか。
「駒として役立たぬ身なら」
「己を駒だと思うなら、その生死を勝手に決めるな、命を下した者の指示に従え! 駒ではないと言うなら、こんな所で無駄死にするな!」
なんやかんやで夢主さんを引きとめる斎藤さん。結局抜刀斎を斬れずにここまできた自分にも少しは責任があると思ってる斎藤さん。
明治の横浜か京都、どこかで剣心・斎藤さんと再会しても良いですね^^


気が向いたら加筆するかもしれませんが、今回はこのような形での掲載となりました🙇
夢主さんがだいぶ酷い役回りなのもあり、UP躊躇っておりましたが、このような形にもかかわらず、最後までご覧いただき本当にありがとうございました!

 
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