おつまみ
□幕】明】香水発売記念・二作品
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藤田警部補【冷たい残り香】警部補×部下夢
誰もいない資料室。扉を閉ざした途端、貴方を感じてしまう。
――あぁ・・・あの人がいたのね・・・
古い紙の臭いに交ざって漂うのは煙草の臭い。
仕事柄好ましくないのに、あの人はいつも強く身に纏っている。
――こんな香りを残していくなんて、本当に・・・罪作り・・・
知っている。家で待つ令閨を誰より大切に想い、何より大事にしていると。どれほど焦がれようが報われる日は来ない。
・・・紫煙が流れたのはきっとこの辺り、座っていたはずのソファに触れながら幻影を辿る。
革の背凭れに残る熱を探して、指先が冷たさの上を滑る。
――あの人がここを出て暫く経つのかしら・・・
――それなのに本当に・・・
目を閉じて姿を思い浮かべる。いつも顔を合わせるのは一瞬。
言葉は交わしても僅か。
だけど伝わる部下への気遣い。必要ない心配りが私を焦らしていく。
「いたのか」
「あっ」
勢いよく扉が開き空気が引かれ、部屋に溜まっていた空気が外に流れる。
それなのに感じるものが強くなるのは、この人が近づいてくるから。
「調子でも悪いのか、目を閉じていたな」
「見られてしまいましたか、失礼致しました。少し・・・気を抜いていただけです」
「気をねぇ。ま、ほどほどにな」
「はっ、はい」
目の前を通り過ぎて、私が触れていたソファに深く腰掛ける。
その姿が今しがた脳裏に思い描いた貴方そのもので、息を呑んで見つめてしまった。
「どうした、何か用か」
「あ・・・いえ、資料を返しに来ただけですから・・・失礼致しました」
「そうか」
頭を下げて去ろうとするが、そばで感じると肺が勝手に吸い込んでしまう。
体を巡る残り香は貴方の何かが入り込んでくるようで、嬉しくて、苦しくて。
「煙草の臭い・・・」
「ん?」
「藤田警部補は・・・いつでも煙草の臭いがします」
「そうか。まぁこれだけ吸っていればな」
「お体に・・・気をつけて」
「どうも」
言葉とは裏腹に、知ったこっちゃあないと胸の隠しから煙草を取り出した。
咥えるなりニヤリと口角を上げるあたりが厭らしい。文句でもあるかと言いたげだ。
「もう、知りませんから」
「ご心配どうも、お前はいい部下だな」
フゥ・・・と向けられる煙が目に沁みる。
浴びた臭いは肌に絡みついて私に沁みつくって言うのに、これ以上はやめてください・・・。
「目に沁みます・・・体に」
「俺の臭いが付くか、」
悪かったな・・・
立ち上がって囁き、嫌がらせのように白い息を拭きかけてくる。
いけないと知りながら、体はビクンと跳ねてしまった。
反射なのだから止められない。
近付いて感じるのは煙草だけではなく、貴方自身の匂いだから・・・。
そんな私を見て藤田警部補は男の顔を見せてきた。
「・・・貴方は、意地が悪い上司です」
「残念だったな、悪い上司で」
「っ・・・」
火の付いた煙草を手に、近付く顔。
一気に顔が火照り、逃げるどころではなくなった。
・・・どうして、大事な人がいるくせに、ただの部下の女にこんなこと・・・
「ククッ、何だその顔は」
「うっ、何するんですか!」
近付いた顔は止まり、目の前で煙草を咥え直すと思い切り紫煙を吹きかけられた。
カハッ、ゴホッ、沁みる目には涙、深く吸い込んだ喉と胸が苦しく咳き込む。
「お前が欲しがってたモノをくれてやっただけだ。もういいだろ、さっさと行け」
「もう!こんな警部補は他に知りません!」
「だろうな」
ニッと笑んでソファに座り直す男から逃げるように部屋を飛び出した。
――期待した自分が愚かしい・・・
――揶揄われただけだ、気にするな!・・・
逃げるように走って離れ、どれだけ離れても沁みた目から涙は引かず、私の中からあの人の匂いは消えなかった。
[完]