おつまみ
□明】雪代縁・二人の涙
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「私があそこにいたのは村が、家が襲われたから……。兄が逃がしてくれたけど、小さかったからどうしていいか、わからなくて。一人で歩いてたらまた怖い思いをして、泣きながら逃げて逃げて、気付いたら落人群の入り口にいたんだ」
「それが、あそこカ」
夢主が頷いた。
そうだ、亡き兄が俺に似ていたんだ。大人になった夢主の髪が姉さんに似ている、そばにいて感じるものが似ている。そんなことを考えたが、夢主も幼い頃から自分を兄と重ねていた。今は似ているようで、似ていないと感じる。その考えも同じだ。
お互い様だと思った時、縁の顔に翳りが見えた。同じではない。むしろ自分と夢主は対極の存在だ。
「オイボレさんが見つけてくれなかったら、どうなっていたか。オイボレさんには感謝しきれません」
「オイボレか」
「私ね、家族を殺されちゃったんだ」
夢主がぽつりと呟いた言葉が、縁の全身を硬直させた。
昔のことだから気にしないでと明るく語る夢主だが、声からは微かな動揺が読み取れる。
知っていたが、本人の口から聞かされる話は一言一言、縁の胸に重たい衝撃を与えた。
「悲しみは通り越しちゃったけど、当時は本当に怖かった。何で、どうしてって、何度も何度も考えて、ずっと泣いてたの」
縁は黙り込んでしまった。
記憶の渦が襲い掛かる。自らが生んだ闇、犯した罪、振るった暴力、数知れない奪ったもの。
上海での辛い日々が縁の中で蘇り、当時の感情が膨らんでいった。
「家族揃って幸せっだったんだ、生活は貧しかったけど」
──ショウネンハ シアワセナ イッカヲ
「どうしてあんなことが起きたのか、今でもわからないけど」
──リユウナンテ アリマセン タダ シアワセソウダッタカラ
「でも、悲しんでも仕方がないし」
──オレガ コロシタ
「死んだ人は生き返らないし」
──夢主、オレダヨ コロシタンダ
「縁?」
「……ない」
「え」
「すまない……」
「縁……」
「すまない……すまない、すまない、すまない!!すまない、夢主っ……」
縁は突然泣き出した。悲しみと後悔に襲われて、縮こまって泣いている。
夢主は急に泣き出して、潰れそうな声で謝罪を繰り返す縁に動揺した。
自分の言葉がきっかけで縁が泣いている。心の奥に潜んで消えなかった縁の何かが泣いている。
戸惑う夢主だが、小さな手で縁の背をさすり始めた。鍛えられた大きな背中が、痛々しく揺れている。
「大丈夫だよ縁、落ち着いて……」
「俺ガ殺した、俺ガ殺した!」
衝撃的な一言に夢主は目を見開いた。言葉の真偽は分からない。縁が深く傷ついて泣いているのだけは確かだ。自分を追いつめないで、泣かないで、夢主は縁を宥め続けた。
「私の家族はもう十年以上も前に、犯人は縁よりずっと年上の人達だったよ、だから」
「そうかもしれないが、そうじゃないンだ、俺は手に掛けた、幸せな一家を、俺を助けてくれた一家を、ただ幸せそうだったから!幸せが、憎かったんだ……」
「縁……」
夢主が訊けなかった過去、縁の過去は人の命を奪った罪。
言葉を失うが、目の前の縁からは悲しみが痛いほど伝わる。
縁が罪を犯すに至った理由は分からず、今はとても訊けない。今、出来ることがあるならば……。
大きな背中をさすっていた夢主は、両手を回してその体を抱き寄せた。
縁は夢主に縋るよう体を崩した。何度もすまないと繰り返し、泣いている。
どうして涙が止まらない、何故夢主に謝っている、分からないが止まらない。赦して欲しいのか、誰に赦して欲しい、誰が赦してくれる。自分が犯した罪さえどうでも良かったのに、今はその罪が枷となり、淡い望みさえ抱けない。
夢主は抱きしめた縁の背中を、とんとんと静かに触れた。気付いた縁は謝るのをやめて縋りつく手に力を込めた。
冷風がそよぎ、空では雲が流れていく。柔らかな月明かりが広がる中、縁は夢主に寄縋り、静かに泣いていた。