おつまみ

明】新人教育は潜入捜査
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「この服、着慣れてないな」

「くっ、貴様っ」

旗袍の両脇に入った長い切れ目。前後に別れた長い身頃は紐のように掴んで引っ張れる。
男は夢主の服を思いきり引っ張り、夢主の体勢を崩して床に抑えつけた。

「こうなれば俊敏性も何も意味を成さない。腕力が物を言う、だろう」

「んっ……」

体の上に乗った男が、倍は差があろう体重で抑えつけてくる。足が痛み、腕も握られて指が食い込んでいた。

「このまま葬ってもいいが先ほど言った通り、踊り相手を探していてね、相手してくれるなら少しだけ命を長らえてやるぞ」

「誰がっ、辱めを受けるくらいなら」

「いい覚悟だ。気に入った」

夢主は肢体を抑えられ、男が拳を振り上げて殺られると覚悟を決めたが、打撃による衝撃は訪れず、股を弄る感覚を得て、目を見開いた。

「なっ……」

「気に入ったと言っただろう、いい覚悟だ。殺したくないねぇ」

「んんっ、馬鹿っ」

「ククッ、男知らずか」

男が顔を寄せて囁き、夢主は今までの威勢の良さを忘れて、身を縮こまらせてしまった。
いつもの自分じゃない。今日はトチってばかりだ。新人を引き受けてトチるなと念押しした自分がこの様。
男の卑しい動きに抵抗したいが、力が入らない。こんな事、死ぬより屈辱だ。そう思った時、窓をぶち破る音が鳴り響いた。

「何だっ」

男が振り向くより早く、男の脳天に強い衝撃が加わった。白目を剥いて倒れる男。
夢主は恐る恐る体を起こした。

「こんな小者に捕まりやがって、阿呆が」

「さっ、斎藤……何でここに……」

窓を割って飛び込んできたのは、任務と張を自分に押し付けてきた斎藤一。警官の制服ではなく燕尾服を纏っている。
夢主は目を白黒させて呟いた。

「俺も潜入していたんだよ、張の阿呆が青い顔でうろついていた」

「ごめんなさい、私の落ち度……私、失敗して……」

夢主は柄にもなく弱々しい声で呟いた。
初めて見る夢主の姿に、斎藤も咎める気を失くした。任務の失敗も初めてだ。気丈な女だが、こんな時に追い込んで立ち上がる性格ではない。良く知る斎藤は、責任を感じるなと珍しく人を宥めた。

「ちっ、こんなけったいな変装をさせるからだ」

「えっ……」

「上の無理強いだ。断わり切れなかった。だがお前らしくない、慣れない恰好だろうと」

「分かってる、全部私の落ち度……予測出来なかった。服の動きも、相手の力量も、廊下で襲われることも、張くんの性格や行動すら把握出来てなかった」

「責めるつもりはない。あの馬鹿のコトは俺も知らん、お前だけじゃない。あの馬鹿が何も出来なさ過ぎる。だが、全くの無能でもなさそうだ」

青い顔で窓から一部屋ずつ中を確かめて歩いていた。
それを斎藤が見つけて問い詰めた。

「うん……張くんにも謝らなくちゃ。上にはなんて報告しよう……」

「俺が適当に収めるさ」

「でも」

「急な任務に無理が重なった。悪かった」

「珍しい……」

責めないの、怒らないの。夢主の視線が問いかけると、たまには俺だって慰めるし詫びるぞ、と斎藤は首を傾げた。
貴重な仕草を見たと、夢主がクスクスと笑う。調子を取り戻した様子を見て、斎藤もいつもの調子を取り戻した。

「しかしお前、その恰好、悪くないぞ」

「えっ」

「密偵らしからぬ妖艶さだ」

「もぉ!斎藤だって!燕尾服、ちょっと……似合ってる……そうよ、警官の制服と大差ないもの!」

「ククッ、制服も似合っているか」

だったら普段から俺は見栄えしているのか。
夢主を揶揄う斎藤だが、意外にも夢主は頷いた。

「悪くないと思う……あっ、制服が似合わない男なんて見たこと無いから!」

「ハハッ、そうか。お前の制服姿もそうだな、悪くない。だがお前は制服以外も似合う、覚えておくさ」

斎藤は抜かりなく懐に忍ばせていた煙草に火をつけた。

「さて、後始末に取り掛かるぞ。その後、俺と一踊りするか」

「踊りなんて。でも……教えてくれるなら、いいわよ。だけど斎藤、アナタ踊れるの?」

「俺の踊りは少しばかり激しいが」

片眉をぴくりと上げて斎藤はお道化た。
何も広場で人々が興じている踊りとは言っていない。
斎藤の悪戯な視線に気付いた夢主は足を閉じて、肌を隠した。

「お前のコトも、これからはもう少し気に掛けるか」

「えっ、どうして」

「さぁてな」

きょとんとする夢主の問いを、斎藤は無視して応えなかった。

二人が組んで動く仕事は滅多にないが、揃ってしまえば最高の相棒だ。
気を取り直して動き始めると、あっという間に全ての任務を終えた。

教育されるはずの張は後に二人に捕捉され、謝罪と叱責を同時に受ける羽目になった。
夢主にとっては、新人教育が初めての任務失敗と重なってしまった。
ひとつ良かったのは、案外頼りになる存在に気が付いたコト。

「斎藤」

「んっ」

何だ、と咥えた煙草を揺らす斎藤に、夢主は珍しくフフッと笑って見せた。

「いきなりダンスは無理だけど、この後、少し付き合ってよ」

「構わんが」

斎藤は意外な誘いを素直に受け入れた。
何の気なく返事して煙草を吸い続けたが、やがて二ッと忍び笑んで煙草を投げ捨てた。

揃って警視庁に戻った三人だが、張が気付くと二人は姿を消していた。





お題(頂いたリクエスト内容)

・斎藤さん
・明治
・夢主は斎藤さんと同年代の仕事仲間で美人警部補。新入り張君の教育を兼ねて夢主と張君で若夫婦を装い潜入捜査中。とちって死にかけるも斎藤さんのフォローで切り抜け、「ああ、やっぱり頼りになる人だなあ」と惹かれ斎藤さんも珍しくとちる夢主に焦ってしまうお話。

リクエストありがとうございました!
 
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