斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□101.新月の光
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斎藤の気持ちを知ってから、夢主は落ち着かない時を過ごすようになった。

返事をしたいが、斎藤は今は望んでいない。

今まで自分が斎藤に課していた事が今度は自分に課せられている。
望まれる想いに応える事は望まれない、堪えるとはこんなに悩ましいものだったのか。
気付くと、ふわふわとした気持ちは段々と落ち着き、ある思いへ変わっていった。

・・・斎藤さんが望んでくれた時に、きっと旅立つ前に・・・その時に、私も気持ちを伝えよう・・・

夢主は密かに決意した。
斎藤は今までと変わらぬ態度で接してくれる。
ただ時折、以前よりも優しい眼差しをくれる、そんな気がした。

慣れない優しい眼差しに驚いて目を泳がせると、いつものように「フッ」と笑って去って行くのだ。
まるで夢主の存在を確認し、それだけで満足して去って行くように。

「斎藤さん、なんだか様子が違いますね、夢主ちゃんが戻ったのがそんなに嬉しいんでしょうかね」

「あぁあああっ、ぉおっ、沖田さんっ!!」

「はい?」

あまりの狼狽ぶりに、後ろからこっそり近付いた沖田が顔を覗かせて笑った。

「ははっ、そこまで驚かなくても。嬉しいのは僕も同じですよ、夢主ちゃん」

「沖田さん・・・私も!私も嬉しいです、またこうして一緒にいられることが。沖田さん、お加減は・・・」

「体のことかな、大丈夫ですよ、安心してください」

血色は良く、声も張りがある。
確かな顔を見せる沖田に夢主は胸を撫で下ろした。

「斎藤さん、そんなに様子が違うんですか」

「えぇ、浮ついているとか、そう言うのではなく何と言うか・・・凄みが付いたと言いますか、元々怖い顔ですけどね、ははっ。久しぶりに斎藤さんと巡察に出たら、放たれる剣気が今までと比べ物にならない研ぎ澄まされたものになってて。あれでは周りを取り囲んだとしても、取り囲んだ方が動けなくなっちゃうでしょうね、確かにあれは不死身の剣でしょう」

「不死身の剣・・・」

「あはははっ、言い過ぎかなっ!」

沖田から見て斎藤の剣は良い方向へ向かっているらしい。ずっと共に戦ってきた相手だからこそ、その差が良く分かるのだろう。
これから始まる戦を心配しなくて良い、沖田は夢主にそう伝えたかった。

「夢主ちゃん、斎藤さんも一緒に少しお話をしたいのですが、大丈夫ですか」

「はぃ・・・もちろんですけど」

改まって話とは・・・首をひねるが、沖田はにこにこと笑い、首を傾げる夢主の仕草を真似するだけだった。

夕刻、斎藤が戻るとすぐに沖田がやってきた。
澄ました顔で「どうも」と部屋に入る姿に、斎藤も何の話かと座り直す。
沖田は二人の顔を確認して早速話を切り出した。

「斎藤さん、貴方にも無関係では無いと思いましたので・・・夢主ちゃん」

「はい」

「僕と一緒に江戸に行きましょう」

「・・・えっ」

本意が掴めず目をしばたく夢主の傍で、斎藤も少なからず驚いている。

「江戸まで、僕がお送りします。安心してください、夫婦(めおと)としてではなく仲間として、歴史に名の無い者同士、仲間として江戸に参りましょう」

「仲間・・・」

「えぇ。貴女は江戸で斎藤さんを待てばいい。僕はただ貴女の傍にいたい、傍にいて今度は貴女の力になります。貴女の行きたい場所なら、どこへでも連れて行きます。僕になら出来るはずだ。僕が一番に願うのは、貴女の幸せなんですから・・・夢主ちゃん」

「沖田さん・・・」

「斎藤さん、僕が夢主ちゃんをお守りするの、嫌ですか」

斎藤は真摯に己を見て離れない沖田の目をまじろぎもせず見つめ返した。

・・・誰よりも誠実な男・・・か・・・

認めざるを得ない、沖田の実直な性格。誰よりも真っ直ぐで、愛しい者を敬い慈しむ男だ。
自分には為さねばならない事がある。貫くべき正義を持っている。今は夢主と行動を共にすることは出来ない。
斎藤は現実に目を向けた。

「いや、そうしてくれるのならば、任せたい」

「斎藤さん・・・」

夢主は戸惑い気味に呟いた。
 
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