斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐
□101.新月の光
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斎藤は部屋に入り、消していた行灯に火を入れて縁側に戻ってきた。
立ったまま待つ夢主が、見えるようになった斎藤の表情を確かめて嬉しそうにはにかんでいる。
「投げ飛ばされるとは思わなかったな。先程お前が俺を覗いていた時、俺が何をしたかったか分かるか」
「何かされようとしてたんですか」
「フッ・・・」
・・・全く気付かずか、無防備なんだか、阿呆ぅなんだか・・・
疑いもせず目の前で首を傾げる夢主に、斎藤の瞳の色が和らぐ。
艶んだ夢主の唇が、部屋の灯りで甘く色づいて見えた。
「斎藤さんの瞳はやっぱり光があると綺麗に照らされるんですね、今は・・・」
自分に視線を向ける斎藤を見上げ、睫を何度が瞬かせながらその瞳を覗いて言いうと、部屋の行灯の灯りに目を移した。
「優しい瞳・・・橙色です」
夢主の言葉に、斎藤は感情を覆い隠すよう、自らの顔に片手を沿えて背を向けた。
「どうしたんですか・・・」
「いや、」
優しい瞳などと、そんな言葉を向けられたことが無い。斎藤は夢主の何気ない本音の言葉に俄かに照れていた。
「ひとつ、いいか」
「・・・はぃ」
相変わらず小首をかしげて見上げてくる夢主の上目に再び照れを覚えるが、いつも通り平常心を保とうと斎藤は小さく息を吐いた。
真面目な話だ、そう示すよう斎藤は真っ直ぐ向き合い、自ずと夢主も姿勢を正した。
「夢主、俺はお前に惚れている」
「はっ・・・」
はぃ・・・真っ直ぐ心を突く言葉に夢主は声を失う。
「お前を想う、証が欲しい」
「あか・・・し・・・」
絞り出した声に頷く斎藤、その微かな声を漏らした夢主の唇にそっと指を乗せた。
「重ねたい」
触れられた唇、目の前にある斎藤のしなやかな指、その先にある熱い瞳、夢主の体の芯が一気に熱く疼いていく。
「でも、それだけでは・・・」
「あぁ、済まないだろうな」
「では・・・」
夢主は困ったように動けない。
切ない顔に斎藤も哀しい笑みを浮かべた。
「フッ、困ったな」
「私の・・・願いも聞いてもらえますか」
「何だ」
「私の・・・お気持ちもお伝えしたいんです・・・」
夢主の一言で、斎藤はゾクリと体中の血液が急激に流れを速めたような、体の変化を感じた。
「気持ちなら、充分に分かっているつもりだ」
「でも・・・」
「俺の願いを聞き届けてくれるなら、お前の願いを聞き入れる」
・・・そんな・・・
言葉で己への気持ちを確かめさせられ、これ以上堪えられるものかと斎藤は夢主の願いを退けた。
夢主は夢主なりに斎藤への答えを導き出した。
「出立の朝・・・出立の朝になら。それなら、過ちも起きません・・・」
斎藤は名残惜しそうに触れた指先を唇にから顔をなぞるように動かし、それからゆっくり離した。
「いいだろう」
低く響く声に、夢主の疼きは昂ぶった。
斎藤は静かに目を細めるとそのまま体を背け、何事も無かったように部屋へ戻って行った。