斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□102.約束の朝
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夢主を悩ませたのは出立の時期だった。

出来るだけ長く斎藤や皆と一緒に過ごしたい。
しかし、ここを立ち去ればそれを最後に二度と会えない者もいる。
ずるずると過ごしていれば開戦してしまう。

思索に耽っているうち、夢主は天満屋事件を思い出した。
新選組がある藩士の警護を依頼され、斎藤が中心となり出動する事件だ。
その後、少なくとも数日は斎藤はこの屯所にいた。
戊辰戦争の始まりはその後で間違いない。
記憶を頼りに、その事件が終わった後に旅立とうと決めた。

痺れるような寒さだった。
その日、斎藤は物々しい武具を身につけていた。
ただならぬ支度に夢主の目が釘付けになる。

「そんなに珍しいか」

「はぃ・・・普段は付けませんよね・・・」

「あぁ、邪魔でしかないからな。だが今回は先方からの要望でな、致し方ない。先日お前も一緒に世話になった御仁だ。御陵衛士を出た後に匿ってもらったろう」

「あのお方の・・・」

「あぁ」

祇園の店を出て数日間、匿ってもらった紀州藩士の三浦休太郎の警護だった。
部屋に閉じ籠っていた夢主は三浦と面識は無いが、これがあの天満屋事件に繋がると容易に察した。

夢主は斎藤が重々しい着込みや籠手をつける様子を間近で興味深そうに見ている。
籠手の紐を結ぶのを手伝うと申し出て、斎藤の指示に従い、紐を強く強く引っ張って結んだ。
斎藤の体を守る大事な武具・・・夢主は気付けば指先で触れていた。

物珍しさで触れているのか、斎藤は止めもせず見守っている。
大袈裟な装備が夢主を頼りない眼差しにさせてしまうのか、やけに苦しそうな感情が表れている。

「斎藤さん・・・」

「なんだ」

「いえ・・・ご武運を・・・」

「・・・あぁ。行って来る」

行ってらっしゃい・・・いつもと異なる言葉で送り出され、斎藤は違和感を覚えた。
数名の隊士を引きつれて旅籠天満屋を目指す。
伊東が殺害された油小路の辻からも遠くない場所だ。


「どうしたんですか、浮かない顔ですね」

「沖田さん・・・」

斎藤が出かけた後も、部屋から外をぼんやり眺めて座り込む夢主に、沖田が寄ってきた。

「斎藤さんの身に何か起きるのですか」

「いえ・・・ただ、斎藤さんを庇って隊士の方が大怪我を・・・斎藤さんの背中を守って・・・それに何人か亡くなられる方も・・・」

「斎藤さんが背中を、そんな」

「はい・・・何が起こるのか、私にも分かりません。だから不安で・・・それに、亡くなる方がいると分かっているのに、いつも私はただ記憶通り歴史が動くのを待つだけ・・・何だか、間接的に人を・・・殺めている気がするんです。いつも負い目を感じる訳ではありませんよ、でも・・・たまに・・・避けられなくても、分かっているのにと思っちゃうんです・・・」

「そうですか・・・それは辛いですね。ねぇ、前に僕のことを詳しく教えてもらったけど、夢主ちゃんさえ良ければ、これからは僕が一緒に背負いますよ」

「え・・・」

「だって僕は歴史から消えるのでしょう、だったら夢主ちゃんのその辛い思いを一緒に背負いますよ。人に話せば、少しは気も楽になるでしょう」

「沖田さん・・・」

「幸いと僕は口も堅いですし、それに・・・戦には参加しないしね」

どこか淋しそうに時代の蚊帳の外にいる自分を語る沖田、夢主の苦しみを一緒に背負うことで沖田の淋しさは薄れるのかもしれない。

「わかりました・・・また、少しずつお話します」

「うん、待ってるよ」

沖田は答えるが、まだ今はその時ではないのか、まだ先の世から来た夢主とこの時代の自分との間には壁があるのかと、胸にかかる靄を感じるが、勘繰るのは駄目だと自分を抑えた。
夢主は沖田を拒んだわけではない。
これから始まる戦いで沖田の親しい者達が次々と死して逝く事実を打ち明けられなかったのだ。
 
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