斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐
□102.約束の朝
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翌朝、斎藤は布団に入ったまま手枕をして、すぐそばで布団に横たわる夢主を見つめていた。
障子越しの柔らかい白い旭光を受ける布団に寝巻、すべてが白く広がる部屋の中、斎藤と夢主の髪の黒さが美しく映えている。
冷たい朝の空気さえも、今朝は特別なものに感じた。
・・・無垢な寝顔、この寝顔とも暫くおさらばか・・・
夢主は目覚め、斎藤が自分を見つめる視線に気が付いた。
「おはようさん」
開いた口から聞こえた穏やかな声に、夢主の中で幸せが広がっていく。
「おはようございます・・・いつから起きてたんですか・・・」
「さぁな・・・随分経つか。不思議なもんだ、こうして寝ているお前を眺めていたら、まるで夕べはお前を抱いたような錯覚がする」
「さっ、斎藤さん、朝から・・・」
「一さん、じゃなかったのか」
片方の眉を動かして揶揄う斎藤に、頬が色づいてしまう夢主だ。
「一さん・・・」
「こっちへ来い」
夢主は眠たげな目のまま斎藤を見つめ返した。
「と言っても、眠くて動けなさそうだな」
斎藤はゆったり上半身を起こし、のっそりと夢主の布団に近付いた。
そして慌てて体を起こす夢主の横に静かに座った。
白い寝巻姿の斎藤、起きたそのままなのか衿の合わせが大きく開き、傷を帯びた胸板が覗いている。
夢主は自然と目の前の体に惹きつけられてしまった。
「夢主」
胸の傷から、声を発した口元に目を移すと、斎藤は夢主のそばに手をつき、じっと夢主を見つめていた。
「あの・・・」
「夢主、もう・・・いいだろう」
その言葉に夢主の胸が激しく動き出した。
体中を駆け巡る衝動にも似た鼓動の激しさ。斎藤の意を悟った夢主は一気に上気していく。
斎藤は更に顔を近づけて夢主の頬に触れ、締まった細い唇をそっと開いた。
「夢主、お前のすべてが愛おしい」
「さっ・・・斎藤さん・・・」
反射的に名を呼んだ夢主に、「何だ・・・」そんな間を置くように斎藤は僅かに首を傾げた。
「私も・・・私も、斎藤さんの・・・一さんが、大好きです・・・好きで好きで、仕方ありません・・・」
フッ・・・と斎藤の目じりが緩み、小さく頷いて前髪を揺らした。
重々承知だ・・・、そう言わんばかりの自信に満ちた顔だ。
「あぁ、知っているさ、夢主」
気持ちを伝えられた嬉しさと、知ったうえでずっと待ってくれていた斎藤の優しさ。
夢主の瞳は込み上げてくるもので潤々と揺らぎ始めた。
頬はどんどん染まり瞳を潤ませる夢主に、斎藤は小さく微笑んでおもむろに顔を寄せた。
そして、そっと唇を重ねた。
大切なものを壊さぬように、そっと触れるような優しい斎藤の口づけに、夢主の堪えていた涙が頬を伝い落ちる。
それに気付いた斎藤は、唇で涙の痕を拭ってやり、夢主の気持ちを確認するように一度顔を離し、静かに首を傾げた。
「ぁっ・・・」
目が合った恥ずかしさに夢主が声を漏らすと、斎藤は体を抱き寄せて、今度は少し強く夢主の柔らかな唇を啄ばんだ。
二度、三度と繰り返される優しくも熱い刺激に、夢主は目の前にある斎藤の寝巻の衿を掴んでいた。
斎藤が夢主を抱く体に力がこもる。
「んっ・・・」
斎藤が堪らず深く夢主に口づけた瞬間、朝の光に似合わぬ夢主の艶めかしい声が響き、斎藤はニヤリと笑いながら体を離した。
「夜じゃなくて良かったな」
「もぉ・・・」
恥じらいながら拗ねてみせる夢主だが、斎藤の体を掴むと、ぐっと引き寄せた。
「っ・・・」
夢主からの突然の仕返しに斎藤が目を見開いた。
そして夢主が斎藤の唇から離れると、斎藤は夢主を布団に勢いよく押し倒した。
「こいつ・・・やってくれるな」
「あっ・・・」
馬乗りになり鋭い目で見下ろす。
斎藤を刺激してしまった・・・夢主が組み敷かれて後悔し慌てていると、周りが活動を始めた気配が伝わってきた。
「フン、助かったな」
「もぅっ・・・」
「次、会う時は覚悟しておけよ」
「・・・はぃ」
今日は互いに出立の時だ。次がいつになるかは分からないが、夢主は否定せずに赤い顔で頷いた。
斎藤に引き起こされ、夢主は立ち上がった。