斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□103.いつかの二人への旅立ち
1ページ/6ページ


夢主と斎藤達、新選組にとって出立の朝。
廊下で永倉に出会った。朝飯の場にはいなかった。休息所で夜を明かしたのだ。
妻の死に目に会えたのか、既に旅立った後だったのか、夢主を見つけて足早でやって来る。
辺りを見回すと、他にも別れを済ませた隊士達が続々と帰屯していた。

「おかえりなさい、永倉さん」

「夢主っ・・・お前・・・」

永倉は目の前に立つなり、しがみ付くように夢主を抱きしめた。

「あのっ」

「ありがとう!夢主、ありがとう・・・お前が土方さんに言ってくれたんだってな、本当に・・・ありがとう・・・」

「永倉さん・・・」

体を離して間近で見る永倉は瞼が少し腫れて、目が赤く染まっていた。
夕べは寝ていないのか、泣いていたのか・・・両方なのかもしれない。
最愛の者の死に直面しながら、自分も死地へと赴かなければならない。それも大事な忘れ形見を置き去りにして。

「赤ちゃんは・・・」

「大丈夫だ。蓄えと一緒に信頼できる人に預けてきた。これでもう、大丈夫だ・・・俺は戦いに、専念出来る」

「そうですか・・・」

永倉は成すべきことをせんと、強い決意を込めた眼差しで夢主を見つめていた。

「どうすればいい、夢主」

「えっ・・・」

「どうすれば・・・どうすればお前に礼が出来る。俺はいつもお前に借りを作ってばかりだ。今回も本当に、ありがたいっ・・・俺は・・・」

どうすれば夢主に喜んでもらえる、借りが返せる、いくら考えても思い浮かばない。
恩を返したいが己に何が出来るのか、出来ることなど無いのではないかと、永倉は自分を責めて歯を食いしばっている。

「借りだなんて・・・」

「俺の気が、済まねぇんだっ」

「永倉さん・・・」

夢主を見つめる真っ直ぐな眼差しが微かに揺れていた。

「永倉さん、それならひとつお願いがあります」

「何だっ、何でも叶えてやる!言ってみろ」

「ふふっ・・・永倉さんてば、・・・あの・・・」

真剣な眼差しに夢主は気恥ずかしさを感じ、はにかんで目を逸らした。
今の永倉の眼差しには、あの頃のような戸惑いも哀訴の念も無い。ただ真っ直ぐに夢主を見つめていた。

「これから嫌でも時代は変わって行きます。それでもどうか・・・どうか生きてください・・・生きて会いに来てくださいっ」

にこりと微笑を取り戻して夢主は顔を上げた。
永倉は驚いた顔で見つめ返している。

「夢主・・・」

「私、絶対に斎藤さんと一緒になって幸せになりますからっ、永倉さんはそれを確かめに来てください!」

「夢主・・・お前・・・ははっ・・・あはははははっ!!そうか、そうだなっ!!」

永倉は胸のつかえが取れたとばかりに、清々しい顔で大笑いを始めた。

・・・そうだ、今更俺が何かしなくったって、こいつには斎藤がいるじゃねぇか!!それだけで充分か!!俺が気に病むことはないって、そう言いたいんだな!夢主のやつ・・・

「ふははははっ、夢主、最後までありがとうよっ!!」

「だから、最後じゃありませんって!」

「分かった分かった!戦が終わったら総司の奴がしょげてるのを見に行くぜっ」

「そんなこと、沖田さんだってその頃には好い人がいるかもしれませんよっ」

「ははっ、そうだな・・・そうかもしれねぇなっ」

この場にいない沖田を揶揄う永倉を窘める夢主だが、永倉は沖田の心が変わらないことを知っていた。

「必ず生きて、会いに行くぜ!」

「はいっ!」

「ははっ・・・」

「ふふっ・・・」

目が合うと再び笑みがこぼれる二人。

そんな笑い合う二人を、土方は遠くから見守っていた。戻ってきた永倉の姿に心から安堵し、笑顔で戻ってきた仲間を頼もしく誇りに感じていた。
続々と姿を見せる仲間を目に、土方はどこまでも共に行かんと心に誓うのだった。
 
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ