斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐
□105.駆けるものを求めて
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朝、目覚めた夢主は小屋の中に自分ひとりと気が付き、飛び起きた。
布団は綺麗に畳まれて沖田の刀も無い。
だが旅立ちの荷はそのまま置かれていた。
「そっか・・・朝から修行に・・・」
昨夜、比古が最後の稽古とばかりに夢主も連れ出し、沖田に得意技を教えていたではないか。きっとその最終確認をしているに違いない。
夢主は落ち着きを取り戻し、枕の下からある物を取り出した。
以前ここで比古の教えを受け、皆の為に作った桜の陶器だ。
特に斎藤と自らの物だけは特別な猪目の合わせに仕上げた、ふたりだけの秘密である。
光沢ある表面を指で撫でながら斎藤の顔を思い出し、頬を緩めた。
桜の猪目の片われを手に握り、寝巻の上に半纏を羽織って、冷たい山の朝の空気を吸いに外に出た。
「伏見はどうなったんだろう・・・みんな無事に逃げられたかな・・・」
小屋から少し上がれば伏見の辺りも見渡せる。
いてもたってもいられなくなった夢主は、一人小走りで山道を登った。
下草の短い歩きやすい小道を登り、目印となる大きな二股の木の脇で道を外れ、木々の間を抜けると京の市中、その先まで広く見渡せる場所に出た。
御所や二条城を越えた遥か向こう、煙がくすぶる様子も無く、火はすっかり消えていた。
「淀城はもっと南の・・・大坂よりだったかな、もう淀にはいないのかな・・・」
井上はまだ存命なのか・・・
夢主が必死に戦の流れを思い出そうと眉根を寄せていると、背後で草を掻き分ける音がした。
「あっ、驚かないでください、大丈夫、僕ですよ!」
「あ・・・良かった・・・何か獣が来たのかと思って吃驚しました・・・」
「あははっ、僕達で良かったですけど・・・でも危ないですから一人で山を歩かないでくださいね、普段獣の姿が無いとは言え、何が起きるか分かりません」
「すみません・・・」
ぎゅっと握った手にある小さな物に目が留まり、沖田は「あぁ・・・」と目を細めた。
「心配ですね、確かにここからはよく見えます。斎藤さんなら大丈夫、土方さんも、皆だって」
自分を慰めるように呟く沖田の後ろから、比古が現れた。
別々に探していたが、聞こえた声に導かれやって来たのだ。
「ここにいたか。夢主を見つけたな」
沖田に向かい、でかしたと大袈裟に顎を引き「うむ」とする比古に、夢主はくすりと笑った。
「笑えるならば大丈夫だな、夢主。沖田の稽古は終いだ。よく頑張ったな、沖田。・・・今日のうちに発つのか」
「そうですね・・・早い方が。でも明るいうちに南に向かうのは少し怖いですね」
自分一人ならば大丈夫だが・・・沖田は守らねばならない夢主を案じ、苦手な頭を使って考えた。
「夢主ちゃん、前に歴史上の僕も江戸に向かったと話してくれましたよね。どのように江戸に移動していたんですか」
「船です」
「船・・・」
「はい、船で江戸へ向かっていました」
迷わず応えた夢主に沖田は顔をしかめた。江戸へ向かうほどの船だ、大きな船にどのように乗り込めるというのか。
土方には自分が新選組と共にいるよう装ってくれと伝えてある。彼らが船に乗るのならば、話は合わせてくれるだろう。
だが、別の道を行くとして、この状況下で本当に東海道や中山道を行けるものか・・・沖田の顔はますます歪んでいく。