斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□105.駆けるものを求めて
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一方、沖田と夢主は目を合わせて確認をしていた。
比古が沖田に九頭龍閃、もとい九段突の教えを受けたことは内密。師匠に稽古してもらった話も今は言う時ではないと確認したのだ。

「緋村さん、伏見の戦地にはいたんですよね」

「あぁ、いたが・・・そこが最後だ」

思い出したように近付いて問う夢主だが、緋村は近さに戸惑い、仰け反って体を避けた。
沖田は信用し切れていないのか慌てて夢主の体を止めようと肩に手を掛けた。

「夢主ちゃん」

「あっ・・・すみません、つい・・・あの、緋村さん。伏見のことを教えてください」

「何・・・」

共に暮らした者達を心配するのは当然かもしれないが、とても女に話せる戦況ではなかった。
緋村は口を開く気になれなかった。

「すまない、戦の話など・・・する気にはなれん」

「でも・・・新選組のみなさんは・・・斎藤さんは、斎藤さんと闘いませんでしたか」

「それは」

「お願いします」

懇願する瞳に負け、緋村は少しだけと話を始めた。
夢主が比古と関わりある女と思っている為、斎藤を慕って聞きたがっているとは考えていなかった。

「斎藤とは確かに闘った。ご覧の通り俺は無事、あいつも無事だ。安心したか」

「はい・・・良かった。ありがとうございます緋村さん・・・」

ほぅっと安堵し沖田に良かったと告げる姿に、緋村は声を掛けた理由を思い出した。

「そうだ、お前達こんな所で何をしている。まさか屯所に行くわけではなかろう、すぐに見つかり捕らえられるぞ」

「実は・・・馬が欲しいんです」

「馬」

二人の旅装束に馬と言われ納得はいくが、難しいだろうと顔をしかめた。

「江戸に向かいたいんです。でも徒歩では・・・とりあえず馬を使って行ける所まで行きたいんです」

大坂に向かい、馬を下りてあとは船へ・・・嘘は吐いていないと、夢主は自分に言い聞かせ、緋村の手を借りられないかと事情を伝えた。

「馬・・・やれやれ、馬があればこの京から出て行くと言うのだな」

「はい、江戸で暮らすつもりです」

「江戸か・・・江戸も戦火に巻き込まれるかもしれないが、それは承知か」

「それでも構いません」

真っ直ぐ見つめられた緋村は参ったなと苦笑いを浮かべた。
このまま無理をさせれば沖田は間違いなくなます斬りにされ殺される。あまりに多勢に無勢だ。
そうなれば夢主の身は、考えるもおぞましい。緋村は顔を歪めて目を伏せた。

「やれやれ・・・貴女は会う度に厄介事をくれる」

「緋村さん・・・」

「分かった、一頭ここへ連れてきてやるから大人しく待っていろ。今回だけだ、あの時はこちらの事情で・・・迷惑を掛けたからな。それに・・・」

夢主の顔を見て小萩屋での出来事を思い出し、いつまでも消えない濡れた衣を剥いだ感触に、その詫びも・・・と心で伝えた。

「そういえば裏切るとうなされるように教えてくれたあれは・・・本当だったよ、飯塚さんが裏切った」

「えっ・・・」

「覚えてないのか」

「・・・はい」

「そうか、覚えていないか。無理も無いな」

意識を失った中で呟いた言葉、それ程に伝えたいと望んだ気持ちが声になったのだろう。
敵の手にあり、その中の俺を気遣う心を見せるとは驚いた。
緋村は声にせず小さく笑った。

「行って来る」

緋村は一瞬柔らかい表情を見せ、そのまますっと路地を抜けて行った。
道の一町ほど先を曲がれば、すぐに松明で照らされた厩舎があるはずだ。沖田は夢主に一歩近寄った。

「僕も信じてみます」

仲間を連れて戻られたらひとたまりも無い。しかし、先程の緋村の嘘の無い声色を信じてみたかった。
夜の巡察でぶつかり合った頃とは別人のような儚い顔立ちは、殺意を全く感じなかった。夢主の望む通り、緋村に託して馬を待った。

「緋村さんは長州を離れて、どうするつもりなのでしょうね・・・」

「それは・・・もしかしたら本人も分からないのかもしれません、まだ・・・」

新しい時代に向け動き始めた今、自らの役割の終わりを感じたのだろう。
そして、今まで時代の為と割り切って奪ってきた多くの命への償いを始めたのだ。

夢主と沖田は大坂を出港する船を目指す為、暗がりで緋村の帰りを待った。
 
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