斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□106.冷たい船の燭
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外で待つ斎藤の顔色が正気であることをしっかり確認し、沖田は人を呼びに向かった。

沖田が部屋を出た途端、残された夢主の慟哭が始まった。
それは沖田が戻るまで続き、山崎の体を濡らした。

「・・・俺は必ず生きて戻る」

「ぅ・・・っく」

沖田が連れてきた隊士達が部屋の中に流れ込み、次々と山崎に声を掛けて状態を確認する。
そんな中、夢主の耳に確かに良く知る、愛しい声が届いた。

「斎・・・藤・・・さん・・・」

しゃくりあげながら顔を上げ部屋の中を探すが、斎藤の姿は見当たらない。
それでも夢主には聞こえた声が空耳には思えなかった。

・・・きっと傍で見守ってくれた・・・山崎さんの最期を一緒に看取ってくれたんだ・・・

そう感じると、夢主は初めて冷静に今の状況を把握できた。

気付けば沖田だけではなく、周りの隊士達が夢主に必死に声を掛けていた。
泣き喚いていたのが静かになったと思ったら、呆けてきょろきょろと辺りを見回す夢主を心配したのだ。

「今、斎藤さんが・・・一さんが・・・」

「夢主ちゃん?」

小さな呟きは隊士達の声と船の音にかき消され沖田にも聞こえなかった。

「大丈夫・・・大丈夫です。ごめんなさい・・・辛いのはみんな一緒なのに・・・一番辛いのは・・・山崎さん本人なのに・・・」

「夢主ちゃん、もう大丈夫だよ。山崎さんは・・・幸せだったと思いますよ」

「幸せ・・・」

「えぇ」

「本当ですか・・・」

優しい言葉に再び夢主の頬を雫が伝った。

「本当に、山崎さんは・・・」

「幸せでしたよ。最期に貴女に会えて喜んでいたじゃありませんか。船に乗って、良かったんですよ」

「・・・沖田さん、そうですね・・・船に乗って・・・良かったです・・・っ」

静かに涙を流す夢主の回りで、男達は山崎に最後の別れを告げていた。

山崎は綺麗に体を整えられ、後日、水葬に付された。冷たい海風の吹きつける甲板で、男達は消え行く仲間の姿を見送った。
斎藤もまたその最期の姿を目に焼きつけていた。

やがて風の当たらない艦内へと戻り、一人静かな場所を目指した。小さな温かい気配を感じる一室。
水葬には立ち会わなかった夢主が控える部屋の前で立ち止まった。

「俺が、ここを守る」

この日は波が高く船が揺れる。駆動音に加えギシギシと軋む音が時折聞こえてくる。
船に異常はなくとも、悲しい場面に遭遇した夢主には不安な音ではないだろうか。
大きく揺れるたびに廊下に添えられた灯りがちらちらと瞬き、不安を煽る。

斎藤は部屋を背に壁にもたれ、中で気を落としているだろう夢主を案じながら、共に寂寥の時を過ごした。
船は数日で品川の港へと入るだろう。
 
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