斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□107.会津新選組
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「人の死ってのは不思議ですね・・・」

品川入港を前に、夢主と沖田は二人静かに到着の時を待っていた。
膝を折って座り、山崎が消え空になった寝床を眺める沖田が不意に口を開いた。

「これまでに様々な人の死に目を見てきました。病に、切腹、斬殺・・・。いつも思ってたんです。斬り合っている時なんかは気にも留めませんが、綺麗に整えられて横たわっている最期の姿を見ると・・・どうして今まで動いていたのに・・・と」

「沖田さん・・・」

ぼんやりとした呟きは止まらず、空の寝床から視線を動かさないまま続いた。

「不思議ですよね、あんなに喋って考えて・・・怒ったり笑ったり・・・それで本当に、死んでしまうって・・・不思議です。山崎さんだって手当ては済んで血も止まっていたのに。血はもう・・・流れていなかったのに・・・ぴくりとも動かなくなる。そこにいるのに・・・」


人の死により何かを考えてしまう。刀を振るい、命の遣り取りをしてきた沖田でもそれは変わらない。
命尽きて静かに横たわるだけになった仲間の姿を思い出していた。
沖田は暫く虚ろだった目を開いて顔を上げた。

「そろそろ全てを話してください・・・本当に、全てを」

「沖田さんにとっては・・・とても大切な家族なんですよね、近藤さん・・・土方さん・・・」

「えぇ、父のような兄のような二人です」

だからこそ伝える必要がある。頭で理解しても言い出せずにいた。
ここまで胸に秘めていたが、今伝えなくては自分も沖田も後悔する。
伝えるのが怖いから黙っているのは、自分の我が儘・・・夢主は沖田の言葉に応えようと覚悟を決めた。

長く語る自信が無い夢主は、出来るだけ短い言葉でわかりやすく言葉を選んだ。

「お二人とも・・・遠くないうちに、亡くなります・・・」

伝えられた言葉。
心して待っていた沖田だが瞬間的に頭が真っ白になった。返す言葉に詰まる。

・・・この戦は幕府側が負けるのか、全滅・・・いや、斎藤さんは生き延びると明言していた。では・・・なぜ二人が・・・局長と副長だからか・・・どこで・・・どうやって・・・僕はどうする・・・

沖田は真っ白になった頭の中に現実を取り戻そうと、必死に頭を使って考えた。

「僕が・・・僕が。二人と別れるのは・・・いつなんですか」

「・・・最後に会う日ですか」

それとも・・・最期の日・・・二人の最期を語る勇気までは持てない夢主は強張った顔で訊ねた。
それを察したのか沖田は「最後に顔を見る日」と頷いた。

「わからないんです・・・ごめんなさい。みんなで日野を通るのですが、その時は沖田さんも一緒にいた気がします。その後、沖田さんは完全に療養に入って・・・それが植木屋さんの離れだったのはよく覚えています」

「植木屋さん、心当たりはありませんが」

江戸にも日野にも親しい植木屋がいたかと訊かれれば首を横に振る。
立派な庭を持つ屋敷の主でも無ければ、植木屋の知り合いもいない。沖田は首を捻った。

「確か医者の松本良順先生が手配してくださるんです」

「良順先生が・・・そうですか。では船を下りたら先生を訪ねましょう。日野へは・・・行きません」

「いいんですか、沖田さんも会いたい人がたくさんいるんじゃありませんか」

夢主の優しさに沖田の表情がつい和らぐ。
先行きの見えない中でも気遣ってくれるのかと、嬉しさを感じた。

「そうですね・・・でも僕は生き延びますから。そしたらこの先、会う機会は幾らでもあるでしょう、違いますか」

小さく顔を倒しクスッと笑う沖田につられ、夢主も苦笑いながら笑顔を返していた。

「そうですね、その通りです」

「それで、その植木屋の離れで僕は死ぬんですね」

「はい・・・でも、そこに土方さんや近藤さんが訪ねて来たって不思議じゃありません。きっと・・・」

「そうですね!では大人しくそこで待ちましょうか」

「はい」

「・・・どうしたの」

「いえ・・・」

・・・箱館に行く土方さん・・・

荒れた海を行き、雪が深く積もり吹雪く道を仲間達と行軍する土方、その最期を感がえると胸が詰まり、別れの時が酷く哀しく思えた。
 
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