斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□108.闇に消える狼
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これから雨の季節を控えているというのに、植木屋離れから見える空は、初夏のように青々と澄んでいた。

土方の訪問からひと月は経つだろうか。あれから二人を訪ねてくる者はいなかった。
ただこの日、一通の文が沖田の新名『井上総司』宛に届けられた。差出人は土方歳三だ。

夢主は新選組の幹部達の字を何度か目にしているが、土方の字は特に苦手にしていた。
鬼と呼ばれる男にしては優しく柔らかい温かみある字だが、土方の字の崩しに慣れなかったのだ。
そんな夢主だが、届いた時期と乱れ崩れた文の表書きだけで内容が想像できてしまった。
その勘は当たっていたようで、文を読み進めるうちに沖田の表情から笑みは消え、指先が震え出す。

「近藤さんが・・・処刑されました」

史実ならば近藤の死を知らずに逝く沖田、その報せを静かに伝えた。

「斬首・・・だそうです」

ぽつりと呟く声になんと返して良いか分からず、夢主はただ沖田のそばで佇んだ。

「切腹の介錯も、斬首も首を落とす・・・同じようで、でもその意味は全く違います・・・その違いの大きさは重いんです。僕は何度か介錯をしたことがある・・・」

沖田は文を両手で持ったまま話し続けた。

「山南さんは見事でしたよ・・・僕が介錯したんです。腹を斬って見事だなんて・・・僕もどうしちゃったのかな、こんな小さな所で平和に過ごしておかしくなっちゃったのかな、腹を斬って見事だなんて馬鹿みたいだって、僕・・・今はそう思います」

「総司さん・・・」

「近藤さんは何故処刑されなければならなかったんだ・・・とっても・・・解せない・・・とても許せないっ・・・」

沖田は怒りで震える手を抑えて文を折り畳み始めた。

「でも・・・怒った所でもう近藤さんは戻ってこない。切腹だろうが、それは同じです・・・」

綺麗に折り畳むと文を上包に戻し、届いた時と同じ状態に直した。
何かを思い浮かべているのか目を閉じている。
漏れ出そうな怒気を必死に沈め、体が震え出すのを堪えると、辛そうに一息吐き出してからゆっくり目を開けた。

「・・・総司さん・・・」

「そのまま、そこにいてください・・・」

庭で文を受け取りそのまま確認した二人だが、狭い庭の隅に夢主を残して、沖田は一歩二歩と庭の中央へ進んだ。
そしてもう一度太く息を吐くとおもむろに左手で鯉口を切り、もう一方の手にあった文を天高く放り投げた。

夢主は驚いて顔を上げ、太陽の中に隠れた物を見る眩しさで目を細めた。
その瞬間、沖田は抜刀して落ちてくる文に刀を入れた。
沖田が刀を納めると夢主は近付き、どうしてこんな事をしたのかと沖田の顔を横目で見ながら、地面に落ちた見事二つに両断された文を覗いた。

「ぁ・・・」

目にした文は二つに裂かれてはおらず、ほんの僅かな繋がりが残されていた。

「僕なりの・・・弔いです」

斬首に処された近藤だが、せめて切腹の介錯のごとく首の皮一枚を残して一刀を・・・縁ある者の手によって介錯を、死の報せの文を身代わりに・・・。
近藤の想いに少しは応えられただろうか。
沖田は見事広がる蒼穹に顔を向け、白く突き刺す日差しに目を眩ませた。
 
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