斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□108.闇に消える狼
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江戸から北に離れた会津では、斎藤率いる新選組が戦う場を幾度も変えながらも、押し寄せる官軍にも諦めず立ち向かっていた。
転戦、いや敗走と言い切れる移動が繰り返される中、隊士の数は悲しい勢いで減っていった。

土方は会津より北の米沢へ向かっていた。
斎藤と土方はこれで互いの戦場がはっきり別れると認識した。

「会津は、俺が」

斎藤は僅かに残った新選組の隊士と旧幕府の兵を引き連れ、鶴ヶ城を北西に行った如来堂に布陣した。
そばには川があり、如来堂そのものも辺りより高い場所にある。それ以外にも地形の盛り上がりによる天然の土塁が備わっていた。
立ち木も多く、街道から距離がある為に先を急ぐ官軍に一目では見つかるまい。

ここを拠点に、斎藤達は越後街道を行き来する官軍や、鶴ヶ城の城下をうろつく官軍に奇襲を繰り返した。

「そう簡単に会津を堕とさせるものか、会津に降りかかる危難は俺達が払う!」

そんなジリジリと続く戦の中、付近の村で官軍と会津藩の戦闘が始まり、如来堂からも多くが出陣した。残った守り役は僅かだ。
だがこの時、官軍が度重なる奇襲に苛立ち、越後街道沿いに旧幕軍の隠れ拠点が無いかと躍起になり捜している事を斎藤達は知らなかった。

斎藤は拠点を守る為に残っていた。
二十名にも満たない少数の仲間、交代で見張りを立て、夜も浅い眠りに僅かに身を委ねるだけだった。

そんな手薄な夜、人の気配とその殺気に気付き斎藤は眠りから引き戻された。僅かな足音、だが数が多い。
しまった、気付いた時には囲まれていた。
見張りの兵は恐らく既に殺されているだろう。
斎藤は「奇襲だ!」と叫びたいのを堪えて、静かに仲間を起こしていった。
声を出すなと口を塞ぎ体を揺する。口に指を立て顎で外を示す仕草で、目覚めた者も直ちに事態を察知した。

物音を立てぬよう、それぞれに刀や銃を用意する。
最期の戦いになるかもしれない。
斎藤も覚悟を決め敵兵の突入を待ち構えていると、飛び込んできたのは無数の鉄の玉だった。

「っく、銃撃か!伏せろ!!」

急襲された如来堂の陣はこれで崩壊した。

お堂自体も土壁がボロボロと崩れ、ただでさえ暗いお堂の中を埃が舞った。
暫く弾丸が打ち込まれ続け、中はすっかり荒れ果てた。

弾丸が止まった瞬間、静寂が訪れた。敵兵も中の様子を窺っているのだろう。
味方の生死を確認したいが、声を上げれば自らが銃撃の的にされてしまう。

外に目を移せば松明を持った兵が近付いてきたのか、暗闇の向こう、ずたぼろになった障子に敵兵の影が嫌というほど映し出された。

あまりの多さに最早これまでかと、捨て身の反撃を覚悟した。
銃の多さが厄介だが、上手く行けば敵中を突破出来る。
だが失敗すれば・・・刀を持つ手に力が籠もるが、その力を緩める声が頭の中に大きく響いた。

・・・斎藤さんは、不死身です!・・・

夢主の声が自分の考えを割って飛び込んできた。
斎藤は一瞬、時を忘れて目を見開いた。

・・・そうだったな、俺はまだ死ぬわけにはいかん・・・

お堂の夜襲に気をつけてください・・・医学所で受けた伝言を今更思い出し、夢主はこんな夜襲を知っていたのかと笑いたい気分だった。

・・・あの、ど阿呆。・・・上等だ・・・

フッと小さく息を吐くと緊張が解れ、我を取り戻した。
斎藤は伏せたままお堂の中を見回した。塵が舞う不鮮明な視界。動く者はいない。

・・・俺は必ず生き延びてみせる。だがこのまま降伏など出来るか・・・味方は全滅と考えて動け・・・塵の中、今ならひっそり抜け出せる。そして奇襲だ・・・
・・・そうだ、慣れた暗闇の中、気付かれぬよう一晩で十人・・・いや三十ずつ殺してやる。ひと月で九百・・・俺なら簡単だ・・・

斎藤は愛刀を手に一人如来堂から抜け出した。
抜け出た先で仲間の影が幾つか確認出来た。
同じく息を潜めて逃げ出せたのか。全滅では無いと仲間のしぶとさにニヤリと顔を歪めた。

ここまで共に来てくれた男達。鶴ヶ城へ戻っても入城は難しい。
合流すべき兵力の元へ辿り着けるかも分からない。
お前等を導くのが俺の仕事かもしれない。

・・・だが、今は・・・

距離を詰めて隊士達に手振りで「好きにしろ」と合図した。
これからはそれぞれの道を行けばよい。
会津に残り隊を仕切っていた斎藤の意思を感じたのか、仲間達の影はやがて見えなくなった。

奇襲作戦。
斎藤は単独での行動を望んだ。

「さぁ、殺ってやろうか」

秋夜風が心地よい中、斎藤は次の夜を待つ為、闇の中に独り姿を消した。
 
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