斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□109.さよなら
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二人と別れる時、土方は心の中で思っていた。

・・・最期にあえて嬉しかったぜ・・・最期か、俺も随分と弱気だな・・・

「ちきしょう、このまま終わって堪るか。蝦夷に上陸したら箱館を目指す!そして松前、江差、そこを抑えれば蝦夷は治められる!俺達は死にに行くんじゃねぇ!」

突然の土方の気合に、行く末を語り合っていた榎本武揚、榎本と同じく元幕臣で共に蝦夷を目指す大鳥圭介は驚きで目を丸くした。

「土方さん気合が入っていますね」

「先程、女性が会いに来ておられましたな、そのせいでしょう、ははっ、Loverというやつですね」

「らっ・・・なんだそりゃ」

「Lover・・・恋人・・・恋仲の女性」

「ははっ、大鳥殿は英語が話せるのでしたな」

「勘違いしないでください!あれは・・・あいつは俺の女じゃねぇ」

「そうでしたか、それは失礼を・・・」

「あぁ。だが大事な女だ、俺にとっても・・・」

「土方さん・・・」

それから土方は新選組生き残りの仲間達と船に乗り、艦隊は荒れる海に出て一路箱館を目指した。


夢主と沖田は土方の手引きで、行ける所までと条件付きで仙台藩士数名に伴われ、馬で南を目指した。
今一番危険なのはこの仙台藩に留まる艦隊と旧幕軍を狙う官軍の北上。
それを避ける為、藩の人間しか知らない隠れ道を使い南下する。

船は津軽海峡を目指し北上する商船しかなく、南に下る船を待てば仙台に留まらざるを得ない。
会津藩も庄内藩も降伏という選択をし、大きな戦は収まっていた。ならば官軍の目を避けひっそり陸路を南下すれば良い。
脱走兵を捜索する官軍の多い地域だけは夜道を歩き切り抜ける、沖田はそう夢主に伝えた。

仙台藩の外れ、国境まで来て馬から下りるとあとは歩くしかない。
旅籠のある街道まで出られればそれも使えるが、暫くはそれも無理だろう。藩士達に礼を告げて別れ、二人は歩き出した。

「先程の関門の話ですが」

「土方さんの・・・最期の場所です・・・」

「そうですか・・・希望を持ってくれるといいですね」

「・・・はぃ」

撃たれて即死かもしれない、一本木関門の付近で腹部に被弾。
そんな土方の最期をとうとう本人には告げられなかった。

「伝えるべきだったのでしょうか・・・」

「いえ、それでも土方さんは変わらなかったと思います。あの人は・・・真っ直ぐだから・・・」

真っ赤な鼻で頷く夢主に応える沖田も涙を堪える震えた声をしていた。

「せめて安らかな・・・最期だと・・・」

・・・最期なんて、迎えて欲しくない・・・

二人の想いは同じだった。
土方は何かを悟っていた。永久の別れになる、それでも一刻も早く江戸に帰れと二人を仙台から去らせた。
艦隊がいつ攻撃されるかも分からない、土方は危険から二人を遠ざけたかったのだ。

沖田には見えなかっただろうが、夢主は土方の名残惜しさを感じていた。
手を離す時に土方が見せた仕草は、斎藤が夢主にして見せたものと同じだった。
哀しげな優しい瞳でつと、唇に触れてから指先を離して微笑んだ。優しくとても慈しみに溢れた笑みだった。
初めて土方を見た時の恐ろしいほど冷たかった瞳が嘘のようだ。
あれから土方が敢えて距離を取り、気遣いながら接してくれているのには気付いていた。

・・・もう一度・・・肌に触れたかったのかもしれない・・・一度も触れていないここに・・・触れたかったのかも・・・

夢主は土方が残した指先のくすぐったさの痕に手を触れた。

「夢主ちゃん・・・?」

「いえ、何でも・・・」

「そう・・・道中、会津の近くを通るかもしれませんが・・・」

会津へ行きたいか、意思を確認する沖田に、夢主は首を振った。

「・・・先を・・・急ぎましょう」

夢主は沖田の後をひたすらに歩いた。


会津では斎藤は容保から再び呼びつけられていた。
あの日から三日が経った。今日、容保公の前ではっきりと断りの言葉を告げなくてはならない。

「佐川さん」

「なんでしょう」

「短刀をお借りできませんか」

「短刀を、山口君まさか・・・」

「今は一戸でしょう、あんたが名付けた。安心してください、貴方が考えているような事はしない。ただ少しお借りしたい」

「・・・分かった、信じよう」

・・・別れの時だ・・・

斎藤は打刀の愛刀しか身につけていない。
謁見の際は全ての刀を預けるのが常だが、斎藤は佐川から短い刀を借りて服の中に忍ばせ、容保のもとへ向かった。
 
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