斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□110.藤田五郎
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時尾との縁談を持ちかけられ、しっかり考えろと与えられた三日の時が過ぎた。

予定通り呼び出しを受け、覚悟を決めて容保のもとへ向かうと、先日はいなかった男が同席していた。
真っ直ぐな眉が凛々しい聡明な顔立ちの初老の男だ。
疑問を正直に顔に表す斎藤に応え、容保が紹介して告げた名に息を呑んだ。

「倉沢と申してな、時尾の養父じゃ」

「養父殿・・・山口と申します」

謹慎者名簿に記載された佐川が付けた偽名は通じないかもしれないと、時尾と出会った際に通していた山口の名を名乗った。
倉沢は名乗り返す代わりに黙って軽く頭を下げた。
確かな眼光は倉沢も死線をくぐって来た男だと語っている。

「気持ちは決まったか、山口」

「はい、気持ちは変わりません。想いは・・・変わりません。このお話、お受けする訳には参りません」

斎藤の返事に容保と倉沢は小さく息を吐いた。
駄目か・・・と気を落とす溜息だ。誠実で心が強く剣の腕も立つ、婿として迎えるに申し分ない男、斎藤の存在は容保と倉沢にも特別な存在だった。

「主君の命を断るのですから本来は腹を斬るべきなのでしょう」

斎藤はそう言うなり膝行で後ろに下がり、容保から離れて座り直した。
斎藤の動きに周りが注目し、何を話すのかと視線が集まる。

だが斎藤は口を開く代わりに、忍ばせていた短刀を取り出した。
素早く鞘から抜いて刃を光らせると、その場にいる誰もが驚きの声を上げる。

「何をする気だ、まさか、早まるな!」

「割腹出来ぬこの身をお許し頂きたい。そして刀を持ち込んだ非礼をお許しください。しかし」

「山口っ!!」

慌てて立ち上がる容保と倉沢の前で短刀を高く掲げ、斎藤は武士の魂といわれる髷を一刀で切り落とした。
総髪とは言え、斎藤にとっても意味のある髷だった。
腰を浮かせた者達は唖然としたまま、力が抜けるように座り直した。

「山口・・・」

「こんな私ですが、京で出会い、江戸で待っていてくれる女がおります」

斎藤は切り落とした髷を取り出した懐紙の上に乗せた。
短刀は鞘に収め、手が届きにくい懐紙の向こう側に置き、容保に語りかけた。

「私・・・いや、俺は刀を使い随分と汚い仕事もしてきました。密偵、騙まし討ちに闇討ち、卑怯者と罵られても正義を貫く為です、有難き誉め言葉と受け取りましょう」

紐で束ねられたまま斬り落とされた黒々と美しい斎藤の髪は、白い紙の上で綺麗に整えられた。
容保の視線がその髷から離れない。
周りの者は唖然としたまま、容保と落とされた髷の間で目を泳がせた。

「だが、女に対してだけは・・・男として卑怯にはなれません。『ならぬことは、ならぬものです』。待ってくれる女を待たせたまま・・・いや、お預けを食らったまま、よその娘さんと夫婦になるなど、新選組三番隊組長・斎藤一の名が許しません」

「は・・・はは・・・ふははははは!!!」

容保も居合わせた者達も呆けて話を聞いていたが、斎藤が言い切るとやがて倉沢が大いに笑った。

「会津の子供達に伝わる心得、『ならぬことはならぬものです』をご存知か!流石は山口・・・いや、斎藤殿!!いやぁ才知が働く立派なお方だ。ぜひ時尾の婿に迎えたかったが・・・ならぬことは、ならぬからな!!はははははっ!!お預けは確かに捨て置けん!!はははははっ!!」

倉沢がもう一度豪快に笑うと、容保もその姿に納得し「成る程、そうであるか」と縁談の破棄を認めてくれた。

「お前にそのような覚悟をさせる女子がいるとは思いも寄らず、すまなかったな」

ずっと藩と藩主である己の為に尽くしてくれた男に返せるものは無いか、考えていた。
容保の案だったが、斎藤を悩ませる縁談でしかなかったと悟り、気付きと配慮の足りない己を憂いた。

「いえ、私こそ容保様のお心を煩わせてしまい申し訳ございません。・・・時尾殿はどうなるのでしょうか」

「おぉ、縁談を断って尚も気に掛けてくれるとは、誠にお主は男よの」

憂いの容保と対照的な顔で、倉沢はにこにこと頷いている。
斎藤を相当気に入ったのだろう。
 
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