斎藤一京都夢物語 妾奉公・弐

□111.別れ、そして新時代へ
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江戸・・・改め東京に帰り着いた夢主と沖田は、それなりの平凡な日常を得ることが出来た。

落ち着いた毎日の中、屋敷を片付けていた夢主がある物を見付けた。小さな鏡台と古い衝立だ。
衝立はその大きさと描かれた絵の墨の色合いがなんだか懐かしく、引きこまれるように眺めて暫く傍から離れられなかった。
夢主が眺固まる隣では、沖田が鏡台を抱え上げて、夢主の寝間へと運んで行った。

やがて沖田の姿が無いことに気付き慌てて寝間で向かうと、沖田が鏡台をちょうど綺麗に拭き終えるところだった。
笑顔で振り向く沖田に礼を述べ、夢主は早速鏡の小さな引き出しに、京で斎藤に買ってもらった櫛と沖田が買ってくれた紅を入れた。
櫛は黒漆に金の満月と銀の桜と花びらの細工、そう・・・斎藤の瞳を思い起こさせる綺麗な金細工に惹かれ、手に取り見つめていたら斎藤が買ってくれた物。
沖田は自分の紅も一緒に引き出しに入ったのを見て、にこやかに目を細めた。

「総司さん、あの・・・さっきの衝立をここに運んでいただきたいのですが・・・」

「寝床に?」

「横にあると落ち着くんです。・・・変ですか」

京にいた頃、布団のそばに衝立があるのが日常になっていた。
懐かしく感じた衝立をあの頃と同じように傍に置きたかったのだ。

「いいですよ、それでこちらに斎藤さんから頂いたものを置いておくんですよね。確か鉄扇と・・・」

「えっ・・・」

「僕と夢主ちゃんの部屋の間に斎藤さんの物を・・・構いませんよ、僕を警戒してください」

いつの頃からか、京で夢主が一人の夜を過ごす時に身を守る為にしていた方法を沖田が提案した。蒼紫が授けた知恵だ。
くすりと笑う沖田の顔は冗談半分だが半分は本気だった。

「総司さん、そんなつもりでは」

「ははっ、信じてくれるのは嬉しいけど、無警戒もちょっと淋しいですよ」

「ごめんなさい・・・」

「謝る必要はありませんよ、でもそういうのも面白いでしょ」

夢主への気持ちに区切りは付けた。
だがこんな風にあの気持ちを思い出すのもたまには楽しいものだと沖田は悪戯に笑った。

「それから紅、またつけて下さいね」

「えっ」

「大事に京から持ってきてくれて本当に嬉しいんです。良く似合ってましたよ」

「あの・・・」

「安心して、僕の為にじゃなくて・・・斎藤さんとの祝言の時に」

「しゅう・・・」

真っ赤な顔で片付けていた荷物を落とす夢主を、沖田はまたも声を出して笑った。

「あははっ!斎藤さん、気は利く人ですけどそういう事には疎いんじゃないかと思って、ははっ。僕、約束したでしょ。夢主ちゃんに花嫁衣裳を着せてあげるって。・・・覚えていませんか」

「覚えて・・・います。本気だったんですか・・・」

「僕はいつだって本気ですよ、飛びきり綺麗なお嫁さんにしてあげますから」

「総司さん・・・ありがとうございます」

裏心の無い沖田の笑顔に、夢主の目頭が熱くなった。


二人は屋敷と道場の修繕を毎日少しずつ行い、幾つか目の季節で荒れていた道場と住居に、ようやく小綺麗な空間が戻ってきた。

「おめでとうございます、総司さん!」

「いえ、夢主ちゃんの手伝いがあったからこそですよ、お礼を言わせてください。ありがとう」

「道場のお祝いに今夜は祝い酒でしょうか、久しぶりですね」

「だめだめだめっ!それは駄目です。斎藤さんが戻るまで夢主ちゃんはお酒禁止です」

「えぇっ、私比古師匠にちゃんと呑み方教わったんですよ!」

「駄目ですよ、絶対に駄目です。酔った夢主ちゃんは可愛すぎるから・・・お願いしますよ」

「えっ」

冗談にぽっと顔を火照らせる夢主を笑いながら、沖田は道場の真ん中に立ってぐるりと場内を見回した。
足りない物を考える。
木刀を並べる刀掛けは立派だ。門下生の名札を並べる場所もある。
道場の奥に掲げられた額に目が留まった。

「道場といえば額ですよね・・・この額は何と書いてあるのか・・・僕はあまり字に自信が無いんですが、落ち着いたら誰かに頼めるかな」

二人が見上げる額の書は随分と傷み、墨が薄れ最早読めないものとなっていた。
短く何かが書かれているとしか分からない。

「私が書きましょうか?士道不覚悟・・・悪即斬・・・とか」

にこにこと言うよりはニヤニヤしながら申し出る夢主、その字は可愛いがその言葉は道場には不似合いだと沖田は困った顔で笑った。
 
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